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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その7

2024.02.01

今回も前回に続き、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主(Xと特殊な関係のない少数株主)から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件を取り上げます。本件では、その株式の譲渡対価に対し、財産評価基本通達(以下「評価通達」)により計算した譲渡時の価額が時価であり、それに比して譲渡対価が著しく低いとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされています。
Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・原告X敗訴で確定)における争点とそれに対する裁判所の判断について、、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第7回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第8回の内容(【事件の事実関係のうち注目すべき点とその検討】など)はこちら
第9回の内容(【事件の争点の概要・争点1の検討】)はこちら
第10回の内容(【争点2の検討 ①原告Xの主張】)はこちら
第11回の内容(【争点2の検討 ②国の主張】)はこちら
第12回の内容(【争点2の検討 ③裁判所の判断その1】)はこちら

争点2の検討 ③裁判所の判断 その2

山崎 山崎

争点2は、相続税法7条の「時価」の意義及び評価通達の採る株式評価方法の合理性についての争いで、前回は、要旨「本件各譲受価額はXと何の関係も持たない本件各譲渡人との間で行われた独立第三者間取引によるもので、また売買当事者が任意に決めた合理的な価額であるから、これは本件各譲受日における本件各株式の時価である」とするXの主張に関する裁判所の判断を見てきました。今回も引き続き裁判所の判断を検討していきます。
原告Xは、各譲渡人との間で合意した売買価額が時価と認められるべき理由として、「せめぎ合いにより形成された価額だ」ということも主張しました。その主張は次のようなものです。
〇本件各譲受価額は、売主である本件各譲渡人と、買主である原告との間でのせめぎ合いにより形成された価額であり、本件各譲受日における本件各株式の客観的価値である(第10回「争点2の検討 ①原告Xの主張」より)。
それに対して裁判所は、「本件各譲受けは、終始原告の主導で行われたものであり、本件各譲渡人は、原告と対等に売却価額等売却の条件について交渉できる立場になかったものと認められるから、本件各譲受価額が、本件各譲渡人と原告との間でのせめぎ合いにより形成されたと認めることはできない。」旨判示しました。

亀山 亀山

裁判所は、前回確認した通り、原告の親族関係等のない独立当事者間の任意の合意対価だからそれが時価だ、という主張に対して、既に「本件各譲受日における本件各株式の時価は、原則どおり、評価通達の定める方法によって評価すべきものである。」旨の結論というべき判断をしています。それなのに、あえて、この原告の「せめぎ合い」説についても取り上げて判断しています。これは、本件の各譲渡のうち、真に「せめぎ合い」があった株主(売手)との間で行われた譲渡があれば、それについては、それについては例外的に時価によるものと認めるべき特別な事情となりうる場合があると考えられるからだろうと思いますが、裁判所としては、その結論について、そのような例外はないということで既に述べた結論を補強したかったのだと思います。 
つまり、原告Xの主張するせめぎ合いがあったかという点は、先に判断した論点、すなわち、本件の各譲渡がX主導で押し切られたものでなく、Xと売手が対等に、交渉していたかという論点とほぼ同値だと思います。

山崎 山崎

同感です。引き続いて判決を読むと、
 「Xは、Xの申出に係る価額に不満がある株主は、Aのように自己の所有するY社の株式を第三者に売却するそぶりを見せ、Xと価額交渉を行った旨主張するが、Xと本件各譲渡人との立場の違いを考慮すると、他の多くの一般の株主が、Aの用いたような手法を用いることができるとは考えにくく、また、Aは、弁護士を介在させて本件各株式を売却してはいるものの、それでも、・・・・交渉の過程でXから脅しに近いような文書が送られてきた旨、及びもっと高く売却することができたかもしれないが、Xともめたくなかったため、ある程度妥協した旨等述べていることに照らすと、本件各譲受価額が本件各譲渡人とXとの間でのせめぎ合いにより形成された客観的価値である旨のXの主張を採用することはできない。」としています。

亀山 亀山

Xの「せめぎ合い」説を審理しているということ自体、売手と買手の間で、もし「せめぎ合い」があつたなら、言い換えれば、その対価が通常の交渉によって形成されたものであれば、評価通達による価額と違っていても、時価と認める場合があることが示唆されていると思われます。ただ、「せめぎ合いがあった」というためには、「対等に売却価額等の売却の条件について交渉」ができる状況でないと、せめぎ合いのしようがないので、そういうことができる状況が前提として必要となります。

山崎 山崎

なるほど。 対等の交渉ためには、第12回で示した要件A(筆者注:優位な立場にある買手が、評価通達による価額を示すなど、合理的かつフェアに譲渡対価の設定をして、交渉上の力関係で劣る売手にその譲渡対価を説明して、交渉にも応じて納得させること)や、要件B(同:情報弱者である売手が、優位な立場にある買手から、客観的な交換価値を把握できるだけの情報が与えられた上で成立した譲渡対価であること)を満たすような対応が必要だと思います。これは、税理士がアドバイザーとしてとして非上場株式の売却価額の決定に相当程度関与する場合にも重要だと思うのですが、この点についてはどのようにお考えですか。

亀山 亀山

まず、いいたいことは、親族関係にない当事者間の売買の場合でも、親族同士など特殊な関係にないということだけで、合意される譲渡対価について安心しない、ということです。非上場株式の場合、買手にとっての時価を対価に取得しているかという点のチェックと、そうでない場合の買手に対する7条によるみなし贈与のリスクの説明も必要です。評価通達による価額を税務リスクに係る有用な参考指標として両者に示しながら、譲渡対価が評価通達による価額と相当な乖離が生じそうな場合は、譲渡対価等の売却条件について「せめぎ合い」があったこと、さらにはそれ示すような交渉記録を売買の当事者が作成して、乖離の理由を具体的に記録しておくことが必要だと思います。もっといえば、例えば売り手側に調査官が反面調査に行っても、対価についてせめぎ合いがあったと認められなくてはなりません。

山崎 山崎

同感です。さらに判決を読むと、
「また、Xは、AがY社の元監査役であり、Y社の社内事情に明るいこと、Y社の経営方針についてXと対立したことがある敵対的な株主であること、及び本件各株式の売却の際、企業法務を担当する法律事務所に所属する弁護士を介在させたこと、並びにXの買取りの申出に応じなかった株主であるBが、Xから1株当たり1,250円での買取りの申出があったことを知っていれば、その価額で売却していた旨述べていることをもって、本件各譲受価額が本件各譲受日における客観的価値であり、その旨の認識が一般的であった旨主張する。
しかし、証拠によると、AがY社の監査役を勤めていた事実は認められるものの、Aは、名目上その役職に就いていたのみであることがうかがわれ、実際に監査役として、Y社の社内事情を十分に把握できるほどの職務を行っていたと認めることはできない。
また、仮に、Y社の社内事情に詳しい人物が本件各譲受価額での売却をしていたり、売却の際、企業法務に詳しい弁護士が介在していたり、Xの買取りの申出に応じなかった株主が、1株当たり1,250円での買取りの申出があったことを知っていればその価額で売却していた旨述べていたというような事情があったとしても、前記のとおりのXと本件各譲渡人との関係、本件各譲受けに至る経緯及び本件各譲受価額が形成された過程に照らすと、本件各譲受価額が、当事者間の主観的事情に左右されず、当該株式の客観的交換価値を正当に反映した価額(筆者注:相続税法22条・7条等の時価)であるということはできない(下線は筆者)から、Xの主張を採用することはできない。」としています。

亀山 亀山

要するに、何だかんだ言っても、「本件各譲受価額」なるものは当事者間の主観的事情に左右されていない客観的交換価値を正当に反映した価額、すなわち時価とは認められないからタメ、ということです。

山崎 山崎

裁判所は、Xの二つ目の主張「せめぎ合い(があった)」説も退け、結論として各譲渡について、評価通達による価額-類似業種比準方式による価額より低いので純資産価額方式による価額です-をもって譲渡時の時価とすべきだとしています。

亀山 亀山

ちなみに、判決の本文では裁判所が時価と認定した純資産価額方式による価額が明らかではありませんが、平成10年2月18日から同11年2月24日の間の五月雨式の取得における対価の最高値1,866円を、時価に対する比率の最高値として判決で示された21.8%で割り返した額は1株8,639円ですから、おそらくこの額だろうと推測できます。

まとめ:この事件・判決から学ぶこと

山崎 山崎

最後に、この事件・判決から学ぶことについて、改めて整理したいと思います。
本件のような非上場株式の個人間の譲渡で、売手と買手の間に親族等の特殊な関係がなく、買手が支配株主である場合、どのような点に注意すべきでしょうか。

亀山 亀山

まず、本件のような個人間譲渡の場合、売手個人は個人に対する譲渡ですから、いくらで売っても、所得税の譲渡所得はその譲渡対価で計算すればよく、贈与税も通常は問題になりません。

山崎 山崎

売手である少数株主に相続税法7条ではなく、9条のみなし贈与課税が生じるような著しく高値での譲渡は現実にはまれでしょうから、売手に税務リスクが生じることは通常はまずないですね。一方で、買手は、本件のように圧倒的に有利な立場から、安く、例えば配当還元価額で株式を買うことができるため、みなし贈与の問題が生じがちですね。

亀山 亀山

その場合、非上場株式の売手は譲渡所得を実際の対価で申告しておけば税務問題が生じる余地はなく安全地帯にいますし、買手の親族でもなく、すでに株主でもないことから、課税当局としては売手側に反面調査をすれば、売買の経緯について正直に具体的に話してくれる可能性が高いわけです。

山崎 山崎

本件でも、東京国税局職員は、最終的には譲渡に応じたものの、内心不満や疑問が残っていると思われる売手に話を聞いていて、聞き取った譲渡の経緯から、みなし贈与の認定の基礎となる'各譲渡の対価は時価とはいえない' という判断をしています。国は、裁判で、その聞き取りの内容に基づいて、各譲渡の対価について、取引当事者間の主観的事情、これは、第11回で述べたように「よくわからないけど、買手のXに抵抗するのも面倒そうだし、その価額でいいや」などと考えて、諦めることを内容としていると思われますが、その様な主観的判断に左右されず,株式の客観的交換価値を正当に反映した価額、すなわち相続税法7条にいう「時価」には当たらないと主張しています。

亀山 亀山

そうですね。個人間での非上場株式の譲渡では、本件の税務調査のように、譲渡対価が時価といえるかどうかの判断に大きく関わる売買の経緯について生々しい話が、売手に対する反面調査により、容易に集められるということに注意すべきでしょう。

山崎 山崎

あと、個人間での非上場株式の譲渡で、売手と買手の間に、親族のような特殊な関係がない場合には、それは独立当事者間の取引であるから、そこで合意された譲渡対価は、相続税法上、時価と認められるだろう、その対価に文句を付けられることはないはずだと安易に考えない方がいいですね。

亀山 亀山

その通りです。本件はまさにその好例です。
親族等間でない譲渡であっても、買手と売手との関係、その譲渡に至る経緯、その譲渡対価が形成された過程等に照らして、その譲渡対価が当事者間の主観的事情に左右されず,その株式の客観的交換価値を正当に反映した価額、つまりは相続税法22条・7条等の時価であるといえるかを十分観察・検討するべきです。

山崎 山崎

買手と売手の関係については、譲渡制限株式の譲渡であることや、買手と売手との情報格差に基づく両者の力関係を観察する必要がありますね。

亀山 亀山

その通りです。特に、売手と買手の間で合意した譲渡対価の額が評価通達による評価額と大きく乖離している場合、それは必須でしょう。税務調査において、譲渡対価が「主観的事情」によって、買手の主導や情報格差の下で決定されていないかがチェックされ、その認定次第で、その対価が時価ではないとして否認される恐れがありますから。

山崎 山崎

あと、さきほどお話しされた「その譲渡対価が当事者間の主観的事情に左右されず,その株式の客観的交換価値を正当に反映した価額、つまりは相続税法22条・7条等の時価であるといえるか」について、重要な点だと思うので分かりやすく説明してもらえませんか。

亀山 亀山

この点は、言い換えると、譲渡対価決定の過程で、原告が主張したものの本件では否定された表現である「せめぎ合い」により、双方の主観というか独りよがりの価額がつぶされ、客観性のある―具体的には財務データ等に基づく―価額として合意されているかどうか、ということです。そうであれば、それが説明できれば、その対価が客観的交換価値と認められる余地も出てくるということではないでしょうか。

山崎 山崎

なるほど。その「せめぎ合い」があったということを主張するには、交渉の過程でどのような対応が必要でしょうか。

亀山 亀山

十分に「せめぎ合い」があったということは、純経済人としての合理性がある態度、すなわち売手としては少しでも高く売りたい・買手としては少しでも安く買いたいという態度で、譲渡の正当な対価すなわち時価に関わる客観性・具体性のある事実に基づいた主張・交渉が行われていた、ということです。そして、相手とのさらなる交渉のため、また、税務調査に備えるためにもその交渉過程の記録を残すことが必要です。
また、「せめぎ合う」には、会社の経営や財務に関わる正しい客観的な情報が、買手と売手に共通的に共有されている必要があるでしょうね。そのような状況で真摯な交渉が行われた結果として合意された対価であることを立証できれば、たとえ評価通達による評価額と相当の開差がある対価であったとしても時価として認められるべきだと思います。

山崎 山崎

同感です。税務調査で問題になって、裁判に至ったとしても、これだけ実際に双方が経済合理性に基づく主張をぶつけ合って、せめぎ合って譲渡対価を合意したのです、ということが言えれば、裁判官の心証もだいぶ変わってくると思います。原告が主張した「せめぎ合い」という言葉は良い言葉というか概念なのですが、本件は、残念ながら、その中身が全然伴っていない実態だったということでその主張は認められませんでした。原告Xは控訴をあきらめ、みなし贈与の決定を適法としたこの一審判決でXの敗訴が確定しました。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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