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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その2

2023.10.23

今回も前回から引き続き、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件です。その株式の譲渡対価に対し、財産評価基本通達(以下「評価通達」)により計算した譲渡時の価額が時価であるとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされました。Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・納税者敗訴で確定)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第7回の内容(【事件の概要】など)はこちら

事件の事実関係と否認の内容

山崎 山崎

前回は事件の概要について1~14に分けて説明しました。この1~14の内容について、気になった点を確認・検討していきましょう。

亀山 亀山

まず1~4で、Y社は、正式に取締役会を開催するといったことはほとんどなくて、また、株主総会に株主が出席するということもほとんどなかったということで、Xのワンマンカンパニーだったということがうかがえます。

山崎 山崎

そうですね。「創業社長にして、筆頭株主」という、非上場会社の初代経営者によくあるパターンです。

亀山 亀山

次に6にあるように、「本件Q&A」には、①株式を買い取る者は、Y社の代表取締役であり、かつ、筆頭株主であるXである旨、②Y社株式の譲渡には取締役会の承認が必要であり、実質的にはXの承認がない限り、株式の売買及び譲渡はできない旨が記載されています。自分に売ってほしいXが、X以外に売却することは承認しないでしょうから、今回の買取りに応じるよう圧力を掛けています。

山崎 山崎

そうですね。

亀山 亀山

あと「本件Q&A」には、③「株主が死亡した場合、やはり取締役会の承認がない限り、株式は自動的に遺族の所有になるわけではなく、Y社が株式の額面価額で引き取ることになる旨」という記載もあります。これは会社法的には誤りですが、今回のXによる買取りの話に応じるよう、デタラメを言って誘導しています。XやY社が、少数株主の人たちが誤りであることがわからなくて、そういうものかと思い込んでくれるだろうと高をくくっているのだろうと思います。

山崎 山崎

株主が死亡した場合、Y社の定款に、株式の相続の場合は会社に売渡請求が可能であるということを定めて、その定めと会社法所定の手続に則って売渡請求をすることはできますけれども。そういうおかしな内容のことも堂々と書いてありますね。ここで売らないと損だと思わせようとしています。

亀山 亀山

さらに6では、④今後、株式の引受けを額面の170%で行うことを確約することはできない旨、⑤今後、「株式の引受価額」-これは「株式の買取価額」ということでしょうが―これを引き上げるつもりはなく、今回は特別に価額を引き上げたものである旨、⑥将来も株式上場の予定はない旨及び⑦配当額は、Y社の業績が好調のときは額面の10%であるが、その数値が上限だ等の記載があります。

山崎 山崎

この「本件Q&A」を読むと、少数株主に対し、会社の、というか実質的にはXの態度が、大きな態度で臨んでいることがわかりますね。少数株主に対して今回がお得に売れる最後の機会だと思わせようとしています。

亀山 亀山

それから7のとおり、Y社は、その株主に対し平成10年3月9日付けで、本件案内<1>を送付しています。そこには、Y社の知名度が上がってきたことにより、会社防衛が急がれる旨とあります。会社が成長していく一方で、敵対的な買収にあうの恐れがあったのではないかと推察されますけどね。

山崎 山崎

そうでしょうね。さらに本件案内<1>では、①平成10年3月9日時点で、Xが発行済株式の過半数をその時点では所有していたものの、まだ3分の2に届いていないため一抹の不安を抱いている旨、②そのために、若干名の株主に順次声をかけ、3分の2に達するまでの協力を仰ぐことになった旨」が記載されています。買取価額が5で示した額面500円の170%では、売却希望者がなかなか集まらなかったようです。

亀山 亀山

そこで本件案内<1>では、③買取価額は額面の250%で、買取期限は3月20日必着である旨、④将来も株式上場しないこと、株式を自由に譲渡することはできないこと、及び⑤今後は額面どおりの価額での買上げ以外はしないこと等を勘案すると、上記条件で売った方が絶対に得である旨並びに⑥3分の2に達し次第、以後の株式買上げはせず、今回が最後の案内になる旨等の記載がされています。

山崎 山崎

少数株主に株式を売却させようとプレッシャーを与え続けているわけで、上記条件で売った方が絶対に得」と相当な押し買い状態です。

亀山 亀山

さらに、Y社は、少数株主からの株式の買取り(Xへの買集め)がなかなかペースアップしなかったようで、少数株主に対し、本件案内<1>と同様の内容の本件案内<2>を平成10年3月30日付けで発送し、買取期限を4月30日まで延長しています。

山崎 山崎

結局、8の通り、Xは買取りの申込みに応じた116人の譲渡人から、Y社株式を買い取っています。

亀山 亀山

この買取りの際には、9にあるように、本件案内<1>と本件案内<2>にある株券売却申込書には、本件各譲渡人に送付された時点で、既に、その所有に係るY社株式の額面金額と、その額に買取りの申出に係る所定の倍率、250%であれば2.5倍ですが、その倍率を乗じた額である売却金額が記入されています。

山崎 山崎

要は最初から売却価額については、少数株主と交渉や協議をする意向が全くないということで、非常に押しつけがましいですね。売るならその売値・対価しかないという態度で、あなたには売る・売らないの自由しかないという態度です。

亀山 亀山

さらに全部で116人いる譲渡人のうち何人かについて、国税職員が税務調査、いわゆる反面調査に行っています。課税庁側は、譲渡人と一人ずつ面談して、原告の要求を押し通すような譲渡だったことを立証しようとしているわけです。

山崎 山崎

そうですね。例えば10にあるように、国税職員は譲渡人Cに聴き取りをしています。XによるY社株式の買取りの実情を知る重要なところなので繰り返しになりますが、Cは、国税職員にY社Y社株式の売却に応じた経緯や胸中について、次のように回答しています。
① 株式5,359株を1,000万円でXに売却したが、この売却の際の1株当たりの価額の算定根拠は特にない。
② 本件案内<2>には、買取価額は株式の額面の250%と記載されていたが、時価はもっと高いと思った。
③ 売却申込書に時価は額面の250%よりも高いのではないかと指摘したが、そうはいいながら買取価額はY社により決められていることから、売却金額はY社に任せると記載して送付した。
④ ③の送付後にY社から連絡があり、売却金額は額面の250%より高くなると説明された。この際に、Cは株券を既にY社に送っていて、またそこで騒ぎ立てると代金がもらえないかもしれないという不安があったので、具体的な金額の確認はしなかった。

亀山 亀山

次に2人目の反面調査先として、国税職員は11の通り譲渡人Aに聴き取りをしています。

山崎 山崎

AはY社の元監査役ですね。Aは国税職員に対し、監査役だったけれど名目だけであり、実務は何もやっていなかっと回答しています。あとY社の株主総会に出席したことがないとも。かなり正直に(笑)回答していますね。

亀山 亀山

確かに(笑)。Aは、Y社株式の売却について、国税職員に次のような趣旨の回答もしています。
① 監査役として平成9年頃XにY社Y社の経営について提言したところ、Xからものすごい剣幕で抗議を受けた。
② ①の抗議を受けて、Xに反省を促すために、自己が所有していたY社の株式を他の者に売却しようと、Xに株式譲渡承認請求書を送付した。これに対してXから、売却相手がXでなければ承認しないという内容の回答書が送られてきた。
③ その後、弁護士を介してXとY社株式の売却交渉をしたが、同年7月期の決算書の資産状況から1株1万円前後はすると考え、Xの提案した1株当たり850円又は1,250円という額は安すぎると思っていた。
④ 結局Aは、Y社株式を総額2,000万円であればXに売却すると弁護士に伝えた。もっと高く売却できたかもしれないが、Xともめたくなく、Y社株式に未練はなかったことから、ある程度妥協して売却価額を提示した。また、Y社株式の売却交渉の過程では、XからAに脅しに近いような文書が送られてきた。

山崎 山崎

Y社株式の譲渡人は、個人から個人への譲渡なので、譲渡所得で実際の売却価額に基づいて申告していれば、所得税法56条(みなし時価譲渡)の適用もなく税務上のリスクも何もないですから、国税職員が調子に乗せてしゃべらせると何でも話してくれる、という印象です。

亀山 亀山

同感です。あと12では譲渡人D・E・Fの3名の回答がありますが、全員がXの脅し的な買取案内に押し切られて、今後の譲渡機会の喪失への不安もあり、税の知識もそれほどないことから売却に応じたということです。

山崎 山崎

売却側の個人株主の人たちは、みんな同じようなことを言っていますね。

亀山 亀山

一方、本件株式売買の買手側であるXは、13にあるように税務調査の際、国税職員に対して次のような回答をしています。
① 平成10年頃にY社の株主に対して同社株式を額面の250%で買うと文書で案内し、それに応じた株主からY社の株式を買った。
② ①の250%という数字はXが大体の感覚で決めたものであり、税理士等に価額を相談したことはない。また、類似業種比準方式及び純資産価額方式に基づく算定根拠がある訳ではない。

山崎 山崎

要するにY社株式の売手(116名)と買手(X)の間で、116件の譲渡契約があるわけですが、いずれも価額交渉なしに、買手Xの言い値でY社株式の売買取引が行われたということです。

亀山 亀山

そうですね。さらにXは、裁判の段階で14にあるように以下の通り回答しています。
① 本件案内<1>及び本件案内<2>の切取り線以下の額面金額及び売却金額は、X自身が記入したものである。
② 本件お知らせに記載した買受価額である株式の額面の170%という数字は、公認会計士や税理士に相談したものでも、1株当たりの利益金額や純資産額を指標にしたものでもなく、『この程度だったら売ってくれるだろう』というXの考えで決めたものである。

山崎 山崎

裁判段階での14の①と②の回答も国税職員に対する13の①と②の回答と同じく、売買価額が交渉により決まったわけではなく、買手Xの指定した価額で行われたことが、X自身の回答からも分かります。本件の譲渡の実情が現れていますね。

亀山 亀山

ただ、そうであっても、Xと116名の少数株主は、知人・友人程度の関係ですが、親族関係等の特殊な関係はなく、その意味で売手と買手は独立当事者といえます。そして、Xから提示された対価とはいえ、その価額を売手116名がそれぞれ受け入れて本件各譲渡は独立当事者間の合意の上で行われています。それでも、評価通達による価額が時価だとされ、それに対してその対価が著しく低いとされてみなし贈与が認定されたので、そのような譲渡であっても、相続税法7条の否認はありうるということです。

本件の争点

山崎 山崎

以上が本件の基本的な事実関係と否認の概要ですが、次に争点について確認しておきましょう。第一の争点は、取引を通じた利益の移転を贈与とみなす相続税法7条は,取引当事者が,相続や遺贈で租税回避が生じるような親族等の特殊な関係にある場合に限り適用されるもので、本件のように特殊な身分関係にない場合はそもそも適用されるべきではないのか否か、ということです。この点の裁判所の結論は「否」、すなわち、特殊な身分関係にない場合にも適用されるということでした。

亀山 亀山

そうですね。そのうえで、第二の争点は、買手であるXの押し買い的な取引ではあったものの、特殊な身分関係のない当事者間で任意に合意された対価に対し、通達評価額を時価とすることの合理性・当否です。

山崎 山崎

この二つの争点についての原告のXと被告の国(課税庁)それぞれの主張と裁判所の判断と理由は、次回で見ていきます。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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