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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その5

2023.12.13

今回も前回に続き、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主(Xと特殊な関係のない少数株主)から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件を取り上げます。本件では、その株式の譲渡対価に対し、財産評価基本通達(以下「評価通達」)により計算した譲渡時の価額が時価であるとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされています。
Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・X敗訴で確定)における争点とそれに対する裁判所の判断について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第7回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第8回の内容(【事件の事実関係のうち注目すべき点とその検討】など)はこちら
第9回の内容(【事件の争点の概要・争点1の検討】)はこちら
第10回の内容(【争点2の検討 ①原告Xの主張】)はこちら

争点2の検討 ②国の主張

山崎 山崎

ここからは争点2についての被告である国の主張です。
判決では、原告Xの主張に対する国の反論の主張は後回しにして、まず、その本筋の主張を示しています。それは、次のとおり相続税法22条についての主張から始まります。
〇相続税法22条は、(相続、遺贈又は)贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により評価する旨規定しているところ、同条にいう「時価」とは、課税時期における当該財産の客観的交換価値をいい、客観的交換価値とは、課税時期において、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額である。そして、同条にいう「時価」については、納税者間の公平、納税者の便宜及び徴税費用の節減という観点から、課税実務上、評価通達に定められた画一的な評価方法によって算定することとされている。したがって、評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な公平を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど、評価通達によらないことが正当として是認されるような『特別な事情』がある場合を除き、公平の観点から、評価通達に定められた評価方法により画一的に評価することが相当である。

亀山 亀山

この主張は、相続税法22条の時価と評価通達による実務についての鉄壁の解釈・主張ですね。

山崎 山崎

確かにそうですね。納税者が勝つ事案・負ける事案に関係なく、22条についてこのような解釈と評価通達の意義や適用の在り方の主張で、従来から裁判でも認められています。さらに7条の時価と22条の時価について次の通り主張しています。
〇同法7条にいう「時価」も、同法22条にいう「時価」と同じ内容をいうから、同法7条にいう「時価」も、22条と同様に、評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情がある場合を除き、評価通達に定められた評価方法により算定すべきものである。

亀山 亀山

実は、判決文を先まで読んでも、Xの主張の土台である7条の時価と22条の時価とは別モノ説(第10回参照)は、国の主張においても、裁判所の判断でもほぼスルーされています。国は、裁判の過程の準備書面では理由を付けて反論しているのでしょうけど、判決文では言及されていません。そのことから、裁判所の判断を先読みでき、それは、Xが主張する別モノ説は採用できないということです。同じ法律の中で同じ用語である「時価」が特段の制限・修正もなく両方で使われている以上、7条と22条の「時価」は同じ内容と解することは当然です。まあ、いうまでもないということで一蹴されている感じですね。このあと紹介する裁判所の判断でも、Xが主張する別モノ説の当否はスルーされ、売買の当事者が任意に決めた・合意した価額(対価)ということだけで、その合意対価をY社株式の「時価」として採用できる「特別の事情」といえるか、その点にフォーカスした判断がされています。

山崎 山崎

7条の時価と22条の時価が同じものである以上、そういう判断アプローチになりますね。「特別な事情」の有無というのは、令和4年4月19日の最高裁判決を経た現在では、「合理的な理由」の有無ということになりますよね。
そして、国は、取引相場のないY社株式の評価通達による評価について次のように主張を展開します。
〇評価通達は、取引相場のない株式について、株式の発行会社が大会社、中会社又は小会社のいずれに該当するかに応じて、評価方法を異にしている。これは、それらの株式の実態に 応じた合理的な評価方法を用いるためである。
Y社は、評価通達にいう大会社に該当するところ、評価通達によると、大会社の株式の評価は、類似業種比準価額によって評価する類似業種比準方式又は1株当たりの純資産価額によって評価する純資産価額方式によることとされる。前者は、現実に市場取引が行われている上場会社の株価に比準した株式の評価額が得られる点で、後者は、支配株主の有する株式の最低限の価値を把握することができる点で、いずれも合理的な評価方法である。

亀山 亀山

令和4年4月19日の最高裁判決について補足しますと、評価通達以外の評価方法の採用が認められるためには、「特別な事情がある」ではなく、「合理的な理由がある」ことに変ったのですが、その判定基準は、ほぼ変わっていなくて、評価通達による評価をすることで、実質的な課税の公平が著しく害されると認められるか、ということです。

山崎 山崎

令和4年4月19日の最高裁判決については、TACTフォーカスの第1回と第2回で取り上げましたが、確かに「特別の事情(がある)」と「合理的な理由がある」の判定基準は、実質的にはほとんど変わっていませんでした。

亀山 亀山

さて、話を戻しましょう。国は、同法7条にいう『時価』も、同法22条にいう『時価』と同じ内容をいうとしたうえで、「同法7条にいう『時価』も、評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情」がある場合を除き、評価通達に定められた評価方法により算定すべきものであると結論づけています。

山崎 山崎

そして、以上の相続税法の時価の算定の在り方に本件をあてはめて、Y社株式の時価の算定について次のように主張しています。
〇本件各譲渡のY社株式の時価の算定に当たり、評価通達に定められた評価方法によらないことが正当として是認されるような特別な事情は認められないから、その時価は、評価通達の定めにより評価されるべきである。これが国の本筋の主張です。

亀山 亀山

ここでいう「特別な事情」があること、その判定基準で言い換えれば、評価通達による評価では著しく課税の公平が害されるといえることは、評価通達によらない価額を時価と主張する側が立証するべきと考えられます。本件ではXがそれを立証すべきですから、Xがそれを十分に立証していない以上、国は「特別な事情は認められない」と主張すればいいことになります。

山崎 山崎

同感です。さらに国は、評価通達に基づき、大会社であるY社の株式につき、116件の譲渡の際の類似業種比準価額と純資産価額を比較し、いずれも純資産価額が類似業種比準価額を下回ることから,各譲渡時の純資産価額がその時価となると主張しました。

亀山 亀山

Y社の場合は、例外的に、類似業種比準価額が何かの事情で高かったということです。おそらく、化粧品の製造業のノウハウが優れていて、物的な資産はあまりないけれども、そのノウハウで結構儲けていた会社だからだと思います。

山崎 山崎

そうでしょうね。続けて国は、要旨「...本件各譲受け時におけるY社株式に係る各純資産価額と各譲受価額を比較すると、各譲受価額は、いずれも、各純資産価額の5.7%ないし21.8%にすぎないから、本件各譲受けが、相続税法7条に規定された『著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合』に該当することは明らか」と主張しています。
なお、ここでいう「各純資産価額」は、判決文では具体的な金額がはっきりとはわかりません。

亀山 亀山

そうですね。対価から逆算すれば推定はできますが、それは重要ではありません。各純資産価額を時価とすれば、最も高い対価額であってもその21.8%にしかならないので、著しく低いことは議論する余地なく、明らかです。

山崎 山崎

以上によって、国は各純資産価額を時価として、各譲渡対価はいずれもそれより著しく低いため、7条によりその差額を贈与とした課税処分等は適法だと主張しています。

亀山 亀山

ここまでが、判決が整理した国の主張の本筋です。 判決では続けて、Xの主張のうち、売買の当事者が合理的に合意・形成した対価だからそれが時価だ、という主張を否定する国の主張が示されています。一般論として、国の考え方は参考になるので、見ていく意味がありますね。

山崎 山崎

同感です。そのXの主張は以下の通りです。
〇本件各譲受価額は、本件各譲渡人116名のうち3名につき1株当たり850円、同111名につき同1,250円、同1名につき同1、866円及び同1名につき同1,728円であるところ、本件各譲受価額は取引当事者が合理的に形成した売買価額であり、本件各譲受価額が本件各譲受日における本件各株式の時価である。

このXの主張に対し、国の主張は次の通りです。
〇しかし、評価通達によらない価額をもって相続税法7条にいう「時価」というためには、取引相場のない株式においても、その価額が、取引当事者間の主観的事情に左右されず、株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であることが必要である。

この国の主張の「主観的事情」という言葉の意味が漠然としていてよく分かりません。この言葉の意味する内容はどういうことでしょうか。

亀山 亀山

「主観的事情」とは、「主観」の意味からして、他人、つまり不特定多数の者がどう判断するかに左右されない、自分一人の思いや考えということでしょう。その者の独自・独善の判断でよく、本件では、対価についてあきらめ、まあ、損でなければいいか、こんなことで頑張るより外にやることあるし...等で「よくわからないけど、買主のXに抵抗するのも面倒そうだし、その価額でいいや」と考えることだと思います。
取引相場のない株式などの相続税法7条の時価は、そのような「主観的事情」に左右されず、その客観的交換価値、つまり真に独立した純経済人として判断される価値、不特定多数の人が純経済的に妥当と思う価値を正当に反映した価額と認められることが必要だ、というのが国の主張です。

山崎 山崎

なるほど。この主張を踏まえて、国は次のように反論しています。
〇そして、以下a~dの各事実に照らせば、本件各譲受価額は、取引当事者間の主観的事情に左右されず、株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であるとはいえないから、7条に言う『時価』には当たらない。」としています。
 a.本件各譲受けは、Y社の企業防衛のためXが同社の発行済株式総数の3分の2以上の株式を所有することを目的として行われ、その目的を達成するためXの主導で、各株主に対し、本件各株式の買取りの申出がされている。
 b.Xは上記申出において提示したY社株式の買取価額を決める際に、公認会計士又は税  理士等に相談したことはなく1株当たりの利益金額又は純資産価額等を参考にしたこともない。
 c.上記申出をする際にY社が株主に送付した各書面に記載された額面金額欄及び売却金額欄の各金額は、いずれもX自身があらかじめ記入したものである。
 d.X作成に係る「株式についてのQ&A」と題する書面及び「株式会社Y株券売買のご案内」と題する各書面(平成10年3月9日付のものと同月30日付のもの)には、本件各株式の買取りはXが行う旨、本件各株式は、実質的にはXの承認がなければ譲渡できない旨、Y社は将来も株式上場をしない旨及び今後は額面どおりの買上げ以外はしない旨等が記載されている。また、実際に、Xの承認がなければ本件各譲渡人は本件各株式の売却はできなかったし、Y社には、株式上場の予定はなかった。

そして国は、次のように結論付けています。
〇上記の各事実に照らすと、本件各譲受価額は、算定根拠のないままに、Xにおいて、あらかじめ一方的に決定した価額であって、当事者間に交渉の余地はなかった。その上、Y社 の定款において株式譲渡制限があることから、本件各株式につき原告以外の者が譲受人となる余地はなかった。
そうすると、本件各譲受価額は、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に 通常成立する価額とはいえず、相続税法7条にいう時価とは認められない。

これらの各事実は、第7回「事案の概要」で確認できます。

亀山 亀山

譲渡対価について「Xにおいて、あらかじめ一方的に決定した価額であって、当事者間に交渉の余地はなかった。」という国の主張は、どうにも否定し難いですよね。売主の中には弁護士を入れてそこそこがんばった人もいますが一人だけでした。

山崎 山崎

あと国の主張の中で、「Yの定款において株式譲渡制限があることから、本件各株式につき原告以外の者が譲受人となる余地はなかった。」とあります。非上場株式の場合、ほとんどは譲渡制限があり、実際にこれを買う側は、支配株主または支配株主と同一視できるような親族が大半で、買い側が優位に立つことが多いと思います。この点について、注意すべき点がありますか。

亀山 亀山

優位に立つ買い側が、非上場株式の売買価額について一方的に、しかも、自己に有利な価額を押し通しがち、つまり、7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」になりがちであることを最低限注意というか自覚する必要があります。買い側は、対価等の交渉過程を具体的に記録して残しておくべきでしょう。さらに、相続税法7条では、非上場株式の売買の場合、買い側にとっての時価と対価が比較されるという点には留意すべきでしょうね。

山崎 山崎

私も同じ意見です。まずは、①買い側が、売り側に一方的に売買価額を押しつけていないか、さらに②当事者間で決定した売買価額が、多数株主である買い側にとっての時価である原則的評価よりも著しく低い場合には、その差額について7条のみなし贈与になりうる点を注意すべし、ということですね。
ここまでが被告である国の主張です。次に裁判所の判断についてみていきますが、長くなりましたので、次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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