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TACTフォーカス

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非上場株式の相続税評価における"通達によらない評価"に関する裁決の検討 その1

2023.01.26

今回は、相続又は遺贈により非上場株式株式を取得した個人が、財産評価基本通達(以下「通達」)に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、税務署がその株式の価額を通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、通達6項により相続税の更正処分等をした事案に係る国税不服審判所の裁決(関裁(諸)令第3号 令和3年8月27日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

はじめに

山崎 山崎

このTACTフォーカスの第1回、第2回では賃貸不動産に係る相続税の財産評価基本通達(以下「通達」)6項による否認事案の令和4年4月19日の最高裁判決について、検討を行いました。今回は、非上場株式に係る相続税の通達6項による否認事案の令和3年8月27日の国税不服審判所裁決について、検討を行いたいと思います。

亀山 亀山

まず検討する前に指摘したいのは、この裁決は、先ほどの令和4年4月19日の最高裁判決(以下、最高裁判決)前の裁決で、当然にその判決の影響を受けることなく行われているということです。

山崎 山崎

そうですね。令和4年最高裁判決の前まで、今回取り上げる裁決もそうですが、国税当局が通達6項により、通達に定める方法による評価を否認し、それによらない評価額を相続税法22条の「財産の価額」とする場合は、「(実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな)特別の事情(がある)」という論理を使っていました。

亀山 亀山

最高裁判決では、平等原則を貫徹せずに評価通達に定める方法によらない財産の時価評価が認められるためには、「合理的な理由」があることが要件とされ、「通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」には、合理的な理由があるとしています。それまでの「特別の事情」という言葉は一切使用していません。

山崎 山崎

ただ、「通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」は、合理的な理由があると判示されていますから、従来の「特別の事情」があるとされる「実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らか」と実質的にはほとんど変わらないのではないかと思います。

亀山 亀山

私もそのように思います。通達の画一的な評価によらない個別の評価が適法かどうかの判断のための最終的な判断基準自体はほぼ同じなので、最高裁判決前の裁決ではありますが、通達6項による否認事案として検討に値するものだと思います。

事件の概要

山崎 山崎

まず事件の概要について、情報公開請求により取得した国税不服審判所の裁決書を基に確認していきましょう。

  1. 平成25年10月14日に死亡した被相続人Xは、同年5月末時点で89歳であり、上場株式の売却により得た約38億円の預金を保有していた。B社は、昭和56年12月にX他6人で設立された同族会社であるが、裁決書の全記述から推測すると、その後、Xは相続人Yらに株式を譲渡し、下記5の新株発行の直前においては、XはB社株式を有していなかったと思われる。
  2. Xの相続人Yは、B社の代表取締役やA社の代表取締役を務めており、Xの相続開始時点で、YとB社は合わせてA社の発行済株式総数の過半数を占める株式を所有していた。
  3. B社は、平成25年8月に新株発行をする(下記5)が、その直前の時点では、通達189(2)の「株式保有特定会社」に該当していた。
  4. 相続人Yは、Xの相続開始前に、C証券のウエルスマネジメント部の担当者に複数回にわたりXに係る相続税対策を相談していた。その相談において、C証券の相談担当者がYに説明した内容には、以下のことが含まれていた。
    ・B社が株式保有特定会社に該当すると、一般の評価会社の株式の場合の原則的評価方式による評価額と比べ、B社株式の相続税評価額は非常に高くなる傾向がある。
    ・例えば、B社が増資を行いXが一定の金銭をB社に出資し、株式保有特定会社と判定されないようにしたうえでXの相続が開始した場合、B社株式は一般の評価会社の株式としての相続税評価が可能になる。
    (なお、裁決書でははっきりしないものの、C証券の担当者の上記説明は、次の5のXの預金の大半をB社に払い込んで行う同社の新株発行すなわち[Xの多額の預金の大部分のB社株式化]を前提に行われていると推察される。株式保有特定会社と判定されないようにすること(以下「株特外し」)は、同時に次世代の相続対策にもなる。)
  5. 税理士法人Dは、B社から増資に向けて株式評価額の算定を依頼され、時価純資産価額法(注)により、平成25年6月30日時点のB社の株式の価額を1株当たり3,537円と算定した。その算定を踏まえてB社は、第三者割当てによる募集株式の発行(以下「新株発行」)を行い、Xに対して普通株式101万7,856株、払込金額を1株当たり3,537円、総額36億2万9,440円を割り当てた。Xは平成25年8月に当該金額をB社に払い込んだ。
    (注)非上場会社の株主価値評価方法の一つで、評価する会社の貸借対照表上の資産(保険の解約返戻金等の簿外資産を含む)を時価評価し、その価額から負債(退職給付債務等の簿外負債も含む)の金額を差し引いて純資産額を算出し、これを発行済株式数で除して計算した1株当たりの時価純資産額をもってその会社の株主価値とする手法をいう。
  6. B社の新株発行により、B社のXの相続前直近の決算期(当該新株発行後)における貸借対照表上の資産の合計は50億401万1,171円、これに占める流動性の高い資産(現金及び預金、預け金及び投資その他の資産。)は48億3,749万379円となり、その資産合計に占める割合は約96.7%で、それでB社を判定すると株式保有特定会社に該当しないことになった。
  7. B社は、新株発行によって調達した資金を含めた資産の運用に関し「投資事業計画書」を作成していた。同計画書には投資目的として、「B社はA社の支配権を維持するため同社の株式を長期的かつ安定的に保有する」「今後、A社において同社のB社以外の株主の負担軽減を目的とした非上場化が必要となった場合、又は何らかの事情により上場維持が困難となった場合に備え、B社はMBOの資金としておよそ10億円の流動性を担保した上で満期が短期である定期性の預金や短期の債券により運用する」「その他の余資については比較的リスクが少なく配当や金利が高い商品に投資する」旨の記載があった。
  8. Xが平成25年10月14日に死亡し、その死亡後の遺産分割協議により、Xが保有していたB社株式101万7,856株は、相続人Y以外の相続人6人が取得した。
  9. YらXの相続人は、Xに係る相続税について申告期限までに所轄税務署に申告書を提出し、その申告上、新株発行に係るB社株は相続財産ではあるが、B社は株式保有特定会社に当たらず、通達178の「小会社」に当たるとして、同通達179の定めに基づき、B社株の評価において同通達180に定める類似業種比準価額と同通達185に定める1株当たりの純資産価額を用いて評価する方式(以下「併用方式」)を選択し、同社株式の価額を総額 18億8,608万7,168円、1株当たり1,853円と評価した。
  10. 所轄税務署はXの相続税について実地調査を行い、E監査法人にB社の株式価値の算定を依頼した。E監査法人は、修正簿価純資産法(注)により、Xの相続開始日におけるB社株式の価額を総額35億5,028万1,728円、1株当たり3,488円と算定した。
    (注)日本公認会計士協会が作成している「企業価値評価ガイドライン」に定める非上場会社の株主価値評価方法の一つ。貸借対照表の資産負債を時価で評価し直して純資産額を算出し、一株当たりの時価純資産額を算定する。全ての資産負債を時価評価するのは実務的に困難なことから土地や有価証券等の主要資産の含み損益のみを時価評価することが多い。
  11. YらXの相続人は、上記調査中に、B社株式以外の相続財産の一部に申告漏れがあったなどとして、平成29年1月に修正申告書を提出した。これに対して平成29年2月22日付で、過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
  12. YらXの相続人は、上記調査中に、さらに、本件相続税について2度目の修正申告書を平成29年6月に提出した。この修正申告書において、B社株式の価額を通達189-3ただし書に定める「S1+S2方式」により、総額23億340万8,128円、1株当たり2,263円と評価した。これに対し、所轄税務署長は、平成29年7月6日付で、過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
  13. 所轄税務署長は、調査に基づき、平成29年7月7日付で、Xの相続人に対し、通達189-3(本文)の定めに基づき、B社株式の価額を純資産価額方式により一株3,443円(10の評価額とほぼ同じ)で評価すべきであるとして12の修正申告に対する更正処分を行った。YらXの相続人は、この更正処分を不服として平成29年10月に審査請求をした。
  14. Yら相続人は、Xに係る相続税について平成29年12月に更正の請求を行い、その請求では、B社株式について(S1+S2方式で修正申告をしているにもかかわらず、また、13の審査請求中であるにもかかわらず、)当初申告と同様に併用方式を選択し、B社株式について、価額を総額18億9,117万6,448円、1株当たり1,858円であると評価・主張した(当初申告のB社株式の併用方式による評価に一部誤りがあったため、当初申告の価額である総額18億8,608万7,168円、1株当たり1,853円とは一致しない)。これに対し所轄税務署長は、平成30年2月に相続人に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。Yら相続人は、税務署長の当該各処分を不服として、平成30年5月に審査請求をした。
  15. Xの相続税調査を行っていた所轄税務署の職員は、その終了に当たりYら相続人に平成30年8月と9月に、国税通則法74条の11《調査の終了の際の手続》第2項及び第4項の規定に基づき、調査結果の内容を説明した。そのなかで「B社株式の価額については、国税庁長官から、通達6項の定めに基づき、他の合理的な評価法である純資産価額方式により評価すべきである旨の指示を受けたので、改めてこれに基づく純資産価額方式により評価をする」旨の 説明を行った(説明1)。また、これにあわせて、上記13の(12の修正申告に対する)更正処分を実質的に取消すこととなる減額更正処分を行うとともに、14の更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す旨を説明した(説明2)。
  16. 所轄税務署長は、15の説明2の通り平成30年9月7日付で13の更正処分等を取消したうえで、国税通則法74条の11第2項等による調査結果の内容の説明(説明1)を経たものとして、改めて2度目の更正処分を行った。この処分において、B社株式の株価は通達6項の定めに基づき、純資産価額方式により総額35億447万8,208円、1株当たり3,443円と評価した(13の更正と同じ)。
  17. 国税不服審判所長は、Yら相続人の上記13と14の審査請求について、その請求に係る所轄税務署長の処分がすでに取消されており(16参照)、請求の利益を欠く不適法なものであるとして、平成30年10月2日付で13と14の各審査請求を却下した。
  18. Yら相続人らは、16の処分(やり直した最終的な更正処分)を不服として、平成30年11月に審査請求を行った(この審査請求に対する裁決が今回のテーマで、下記〔本件の審査請求における争点と裁決の結果〕に続きます)。
  19. Xから相続又は遺贈によりB社株式を取得した相続人らは、その株式を平成29年7月と8月の2回にわたって、1株3,736円で発行法人であるB社に譲渡(以下「金庫株取引」という。)した。この金庫株取引について、租税特別措置法第9条の7に規定する特例(以下「みなし配当特例」という。)の適用を受けるため、相続人ら及びB社は、平成29年12月に「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を所轄税務署長宛にそれぞれ提出した。

本件の審査請求における争点と裁決の結果

①税務署側の主張
通達189のなお書き、すなわち、「課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が次の(2)又は(3)に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるとき」に当たることから、B社は株式保有特定会社と判定されるものの、B社株式については株式保有特定会社の株式の評価法を定める通達189-3が認める「S1+S2」方式により評価することを認めると、その評価額が著しく不適当と認められる特別の事情があるとして、同方式の適用(189-3のただし書きの適用)を認めず、通達6項に基づき、B社株式について純資産価額方式により、16のとおり評価すべきである。

②相続人側の主張
(主位的主張)そもそも、B社は株式保有特定会社ではないから、通達が一般の評価会社(小会社)について定める併用方式により、その総額18億9,117万6,448円、1株当たりの価額1,858円と評価すべきである。
(予備的主張)B社が189なお書きにより株式保有特定会社に当るとしても、通達189-3が株式保有特定会社について選択的に定める「S1+S2」方式により、その総額23億1460万4544円、1株当たりの価額2,274 円(12に記載の2度目の修正申告時の総額23億340万8,128円、1株当たり2,263円と金額がやや違うが、再計算して訂正したものと思われる。)と評価すべきであり、税務署側の主張する通達6項によるべき「特別の事情」はない。

③国税不服審判所の結論とその後
国税不服審判所は、令和3年8月の裁決で税務署側の主張を認め、相続人側の請求は棄却されました。なお、本事案は令和4年12月現在、東京地方裁判所で訴訟係属中です。

亀山 亀山

裁決の経緯は以上の通りですが、この裁決は、令和4年4月19日の通達6項の適用による通達によらない評価を巡る最高裁判決前に出されたもので、その判決の影響を受けることなく、審判所の判断が行われていることに留意する必要があります。

山崎 山崎

同感です。裁決の内容を踏まえつつ、令和4年4月19日の最高裁判決で示された通達6項の適用基準とのリンクも考えながら、検討をしたいと思います。
ただ、長くなりましたので、今回はここまでとします。
次回は、最終的な更正に至るまで異例の展開を見せた本事件の経緯や、相続税対策の概要についての検証を行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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