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個人がその有する非上場株式の一部を一般社団法人に譲渡した場合の所得税法59条の時価が争われた裁決の検討(前編)

2024.08.23

今回は、個人が支配株主として保有する非上場株式の一部を一般社団法人に譲渡する際の譲渡価額を、配当還元方式に基づいて算出した価額として、そのまま譲渡所得の金額を計算して申告したところ、税務署がその譲渡が所得税法59条1項2号の「著しく低い価額の対価」の額による譲渡に当たるとして、譲渡価額を同項の「その時における価額」(以下「時価」)に引き直して譲渡所得の金額を更正した事案の裁決をみていきます。税務署はその株式の時価を、所得税基本通達(所基通)により財産評価基本通達(評価通達)の定める原則的評価方式に準じた方法で算出し、その譲渡価額はその算出された時価の2分の1に満たないことから、時価で譲渡があったとみなして更正処分等をしました。この事案・裁決(関裁(諸)令4第19号 令和4年11月21日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

はじめに

山崎 山崎

今回は、ある非上場会社の支配株主である個人が、その有する非上場株式の一部を同人と人的な関係が深い人がその社員や理事となっている一般社団法人に譲渡したところ、それが所得税法59条1項2号の低額譲渡(以下「低額譲渡」)に該当するとして更正された事件の令和4年の裁決について検討、検討を行います。

亀山 亀山

今回の事件は、実務でもよく問題となる、個人が法人に非上場株式を譲渡した際の所得税法59条の時価が争点ですが、その譲渡先の法人は一般社団法人ということです。

山崎 山崎

そのとおりです。売手が個人X、買手が一般社団法人(本件社団法人)で、双方が合意した対価、それはいわゆる配当還元価額だったのですが、その価額でXが非上場株式を譲渡し、Xはその譲渡価額で譲渡所得を計算して申告をしたものの、税務署は譲渡価額が所得税法59条の時価の2分の1未満であることから、同条1項2号により、時価で譲渡があったとみなして更正処分をしています。

亀山 亀山

当初の更正処分はその後一部減額されたものの、Xは減額後の更正を不服として審査請求をしましたが、後述の通り国税不服審判所はその請求を棄却しました。その後、Xは裁判所に訴訟を起こさず、結局ギブアップし、更正処分は確定しました。

事件の概要

山崎 山崎

まず事件の概要について、情報公開請求により取得した国税不服審判所の裁決書を基に確認していきましょう。

1.個人Xは、平成27年2分の1月3日に本件社団法人との間で、Xが保有する非上場(取引相場のない)A社の株式(本件株式)の一部3,999株を譲渡する売買契約を締結し、同日、当該株式を譲渡した(本件譲渡)。なお、本件譲渡に係る譲渡価額は非開示とされ不明であるが、後述の「認定事実」(第15回参照)から配当還元方式により価額を決定したことがわかる。また、譲渡した株数は発行済株式の5%未満のようである。

2.本件株式を発行するA社は、不動産の賃貸等を目的とする株式会社で、B社が中心となって事業を統括するグループ(本件グループ法人)に属しており、Xの父が多年にわたりB社の代表取締役を務めている。

3.本件社団法人の性格・設立の経緯等は以下のとおりである。

①本件社団法人は、Xの両親が同法人を通じたアミューズメント関連産業に関する文献、情報などの収集及び調査研究等を行うことを目的に、平成27年8月頃に設立された。
②本件社団法人の設立計画の策定には、平成20年頃からB社の取締役を務め本件社団法人の代表理事となった甲(「本件代表理事」)、平成18年頃からX及び本件グループ法人の関与税理士を務めていた税理士・公認会計士の乙(「本件税理士」)が関与した。
③本件社団法人設立時の理事は、本件代表理事を含む3名、本件社団法人設立時の社員は、Xの母、本件代表理事を含む3名であり、本件譲渡の時までに理事又は社員の追加・変更はなかった。また、本件税理士は、本件社団法人の設立当時から、本件社団法人においても関与税理士を務めている。
④本件社団法人の所在地及び電話番号は、B社のそれらと同じで、その経理はB社の社員に依頼しており、本件社団法人の預金通帳及び印鑑はB社の金庫内に保管されている。

4.Xは、平成27年分の所得税及び復興特別所得税(所得税等)につき、1の配当還元価額に基づき譲渡所得の金額を計算した確定申告書を申告期限までに申告した。

5.税務署は、上記4の申告に対し、本件譲渡の譲渡価額は時価の2分の1に満たないとして、所得税法59条1項2号により、譲渡所得の金額の計算上時価による譲渡があったものとみなして、令和3年3月10日付で、Xの所得税等に係る更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

6.Xは、これらの処分を不服として、再調査の請求をしたところ、再調査審理庁(税務署長)は、上記5の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消す再調査決定をした。それでも譲渡価額が時価の2分の1未満であることには変わりがなかったので、更正処分等が一部減額されただけだった。

7.Xは、再調査決定後の原処分になお不服があるとして、審査請求をした。

審査請求における争点と税務署とXの主張

山崎 山崎

本件の争点は、本件株式の所得税法59条1項の「譲渡の時における価額」すなわち時価で、この争点に関する税務署とXの主張の要旨は次のとおりです。

①税務署の主張
株式等の時価評価を定める所基通59-6には一般的合理性があり、本件株式の所得税法59条1項の時価は、所基通59-6の前段の定めに従い、同23~35共-9に準じて算定するべきであり、その(4)のニに該当するので、「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」となるが、それは、同59-6後段の定めにより原則として評価通達178から189-7までの例に一定の修正を加えた方法により算定した金額とするべきである。譲渡者であるXは、A社にとって、評価通達188(2)に定める「中心的な同族株主」に該当するから、本件株式の価額を、同通達178に定める「小会社」に該当するものとして算定することとなる。
②Xの主張
所基通59-6の定めは、原則的な取扱いであり、純然たる第三者間において種々の経済性を考慮して決定・合意された価額により取引されたと認められる場合については、当該価額を譲渡時の時価とするのが相当である。
そして、本件株式の本件譲渡の時における1株当たりの価額は、Xと本件社団法人という純然たる第三者間において、本件社団法人の社会への貢献という設立目的、A社の業績向上と企業価値の増加などの種々の経済性を考慮した結果、配当還元方式(評価通達188-2の定めによる評価方式)による価額(取得価額がこれを上回る場合は取得価額)が妥当であるとして決定されたものであるから、当該価額が本件株式の本件譲渡の時の時価である。
なお、当該価額が時価と認められない場合であっても、株式については証券取引所で形成される価格指標にある日経平均株価、PBR(株価純資産倍率)及び株式配当利回りを適用して算出される価額をもって、本件株式の時価とすべきである(ただし、具体的な計算はしていない。)。

亀山 亀山
争点に関する税務署の主張は、本件株式の時価について、所基通59-6とそれが準用を定める同23~35共-9に準じて算定するべきというものです。
山崎 山崎

これに対してXは「所基通59-6の定めは原則的な取扱い」だと認めながらも、本件譲渡は「純然たる第三者間」で種々の経済性を考慮した結果、配当還元方式による価額に決まったのであるから、同通達が適用されるべきではなく、双方で合意されたその価額が本件株式の時価とされるべきと主張しています。

亀山 亀山

要は、税務署側は、所基通59-6により評価通達の一部修正適用による時価算定を主張していて、それは譲渡者サイドの時価、すなわち譲渡者にとっての時価であり、それを算定すべきだという基本的な立場に立っているわけです。一方Xは、譲受者が会社でなく社団法人で、Xにとって評価通達188の「同族関係者」に含まれない法人であることを根拠に「純然たる第三者」としていると思われ、そのうえで、譲受側である本件社団法人にとっての時価である配当還元(方式による)価額で合意された以上、それが時価だと主張してると私は理解しています。本件社団法人は、本件株式の配当を活動のための資金とするため本件株式の取得を望んだという経緯があるんですね。本件社団法人の本件株式の取得の目的は配当を得ることであり、本件社団法人の立場・取得の目的からすれば、配当還元価額を時価
と主張することにも一理あるわけです。

山崎 山崎

Xの「純然たる第三者間の取引」との主張への疑問と別に、非上場株式の法人への譲渡の場合、所得税法59条の時価は、譲渡した個人と譲り受ける法人のどちらの立場での時価かが問題になりますね。

亀山 亀山

非上場株式の譲渡における59条の時価を、どちらの立場の時価と解するべきかについては、譲渡所得課税の基本的な趣旨、そしてその延長戦にある59条の趣旨を確認することが必要です。

山崎 山崎

そうですね。非上場株式に係る所得税法上の時価について争われた、別の先行する事件の令和2年3月24日付け最高裁判決があります。そこで、所得税法59条のみなし時価譲渡課税の基本的な趣旨が判示されていました。また、同判決を受けて所基通59-6はその後、その趣旨をより明確に表すように改正されました。令和4年11月21日に出されたこの裁決も、その最高裁判決の内容を踏まえた判断になっているはずです。

亀山 亀山

その通りです。なお、本件は平成27年の譲渡で、その申告に対して行われた本件の更正処分は令和3年3月で、大分間が空いて期限ぎりぎりになっています。更正処分も先行する同種事件の最高裁の判決を待っていたものと思われます。税務署側にとっては更正処分を強く後押しする期待通りの判決でした。

山崎 山崎

次に審判所は、所得税法59条1項に係る法令解釈と、所基通59-6による評価を適用すべきでない「特別の事情」の有無の判定に関する認定をしていますが、その検証については次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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