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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その4

2023.11.22

今回も前回に続き、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主(Xと特殊な関係のない少数株主)から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件を取り上げます。本件では、その株式の譲渡対価に対し、財産評価基本通達(以下「評価通達」)により計算した譲渡時の価額が時価であるとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされています。
Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・X敗訴で確定)における争点とそれに対する裁判所の判断について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第7回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第8回の内容(【事件の事実関係のうち注目すべき点とその検討】など)はこちら
第9回の内容(【事件の争点の概要・争点1の検討】)はこちら

争点2の検討①原告Xの主張

山崎 山崎

争点2は、相続税法7条にいう「時価」の意義及び評価通達の株式評価方法の合理性についての争いです。これについてXは、三つの主張をしていますが、その一つ目の主張の要旨は次の通りです。
〇課税庁は、相続税法7条にいう「時価」と同法22条にいう「時価」を同様に理解し、本件各譲受けにおける本件各株式の1株当たりの価額(以下「本件各譲受価額」という。)が評価通達により算定した本件各株式の1株当たりの価額の5.7%ないし21.8%にすぎないことから、同条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たる旨主張する。しかし、相続税法7条の「時価」は、不完全競争市場において特定の売主と買主とが交渉により定めた客観的主観的価値である。同22条の「時価」は、主観的価格設定行為を前提としない完全競争市場における客観的交換価値である。したがって、7条の時価を22条の時価と同じものとして理解することはできない。

亀山 亀山

Xのこの主張は、要は、7条の時価と22条の時価は別モノで、評価通達による価額は22条の時価で、それをそのまま7条の時価とすべきではないという主張でしょうね。判決には、その別モノ説という結論の根拠となる理屈は書かれていないのですが、おそらく、7条は本来の相続・贈与と違い、売買等の取引における・取引による実質的な贈与を対象にしており、相手方との交渉・合意が介在しているので、それが異常なものでない限り、それにより決まった対価は交換価値として評価通達と違っても尊重されるべき、ということでしょう。

山崎 山崎

「客観的主観的価値」というのはすごい造語で、それ自体理解が困難ですが、要は、売主と買主が、それぞれの主観で納得して合意していれば、売主又は買主一方の独断の主観ではなく客観性もある、とでもいいたいのでしょうねぇ。二つ目以降の主張では、一つ目の主張である別モノ説を基礎に、もう少しもっともらしいというか、わかりやすい主張をしています。二つ目の主張の要旨は次の通りです。
〇本件各譲受けは、Y社の社長と株主という以外には何の関係も持たないXと本件各譲渡人との間で行われたものであって、取引当事者間に特別な身分関係は存在せず、独立第三者間取引である。独立第三者間取引においては、取引当事者がし意的な価格設定を行った場合でない限り、実際の取引価額が真実の取引価値すなわち時価であると認識され、取引当事者間に実質的には贈与があったということはできない。

亀山 亀山

これは、独立当事者間での売買取引において、その対価の経済的合理性について十分な検討をせず、つまり、その合理性について具体的な説明ができない、課税庁などの第三者にうまく説明できない場合、両者が「まあ、いいか」という程度で合意した場合であっても、その合意対価が実質的に贈与するため恣意的に設定されたものでない限り、その「実際の取引価額」が時価なのだ、という主張です。Xの主張にそって厳密にいうと、それが7条の時価なのだ、ということになりますが。

山崎 山崎

このXの主張は、第9回で検討した、争点1に対する相続税法7条の趣旨や解釈の仕方、具体的にはXの「7条を適用するためには、本来の立法目的に従い、取引当事者間に贈与税の租税回避の意図があることが必要だ。そのような場合に限り7条が適用されるべきだ。」という主張が、裁判所により「Xがいうような場合には限定されない」と判断されたことにより、実質的にはほぼ無力化されている理屈ではないですか。

亀山 亀山

それはいえますよね。ただ、理屈はだめでも、Y社株式のそれぞれの譲渡の対価が、相続税法7条において、時価のひとつと評価できるということになれば、つまり、結果オーライなら7条による否認はできません。実際、116人からバラバラに、タイミングも別々に譲り受けていて、1件でも一つの時価と認められれば、少なくともその部分は否認されないということもありますから。このため、争点2として裁判所の判断が行われているわけです。

山崎 山崎

なるほど。さらにXは実際の取引価額が時価である、というの主張を支える根拠として次のような主張をしています。
〇以下のアとイの各事実に照らすと、本件各譲受けにおいて、Xと本件各譲渡人がし意的な価格設定を行ったとはいえないから、実際の取引価額である本件各譲受価額が本件各株式の時価である。
ア.任意の売却であること。
Xは、各譲渡人に対し、Y社株式の譲渡を強制したことはない。実際にXによる株式買取りの申出に応じなかった株主も多数存在する。したがって、各譲受価額は、Xと各譲渡人との間で任意に決められたものである。
イ.各譲渡価額に合理性が認められること。 
株式の額面の250%という価額(平成10年3月9日付本件案内<1>・第7回の7参照)は、Y社の配当額(1年当たり額面の10%)の25年分に相当する。各譲渡人は、各譲受け当時、既に出資金額の90%に相当する額の配当を受けていたことから、各譲受けにより、出資金額の240%に相当する額の利益を受けた。各譲受けが行われる前である平成9年当時の金融機関の定期預金金利は年0.3%以下であり、それと比べて、出資金額の2倍を超える利益を得ることは、投資家である株主にとって異例のリターンをもたらす結果となっている。
各譲受けにおける1株当たりの価額は、850円というものから、1,250円よりも高額なものまであり、Xが提示した買取価額を基に、Xと各譲渡人との間のせめぎ合いにより形成された価額である。Xが提示した買取価額に不満がある株主は、自己の所有するY社の株式を第三者に売却するそぶりを見せ、Xと価額交渉を行った。 
そして、従来のY社の配当実績、当時の金融機関の金利動向、急成長を始めていた当時のY社の企業価値、Y社が新たに海外に事業展開を始めることに伴うリスク、Y社が安全な投資先だとして投資した株主の立場及び企業防衛を迫られたY社の代表者であるXの立場などのY社を取り巻く経済環境及び法律的環境を考慮すると、本件各譲受価額は合理的な価額であった。
以上が、主張の三つ目というか、第三段階です。

亀山 亀山

アは、Y社株式のXへの116件の譲渡がすべて任意に合意されて行われたことをもって、Xが恣意的な価額設定をしているわけではないことの根拠として主張しています。

山崎 山崎

そうですね。イは、本件各譲渡人はすでに配当で出資した金額の9割を回収していて、なおかつ額面の250%での買い取りをすれば、出資した金額に対し、その240%に相当する利益、正確には収入を得たことになるから、当時の定期預金金利年0.3%以下に比べて異例のリターンをもたらす結果だといっています。要は買取価額が著しく安いはいえない、ということでしょうけど、この点についてはどう思われますか。

亀山 亀山

非上場株式と定期預金は全く違う金融商品です。非上場株式から受ける利益と、定期預金の金利と比較してどうなるのか、説得力はゼロです。Xや代理人の弁護士はこのような苦し紛れの理屈を一生懸命に考えていますけれども、全く違うものを比較した主張は裁判官には全く響かないと思います。

山崎 山崎

一方、Xは「各譲受けにおける1株当たりの価額は、850円というものから、1,250円よりも高額なものまであり、Xが提示した買取価額を基に、Xと本件各譲渡人との間のせめぎ合いにより形成された価額である」と主張しています。この点についてはどうでしょうか。

亀山 亀山

「せめぎ合い」は、時価性というか通常の取引であることを象徴する概念としてはよい言葉だと思います。「せめぎ合いにより形成された価額」というXの主張は、本当にそうであれば、XのY社株式の取得は相続等ではなく取引である以上、時価として認められる可能性は高くなると思います。Xが提示した買取価額に不満がある株主は、自己の所有するY社の株式を第三者に売却するそぶりを見せ、買い側である自分と価額交渉を行った例を指摘し、「せめぎ合い」があった証拠にしたいのでしょうけど、ただそこまでの交渉があったのは一例だけですし、結局その不満をもった株主も途中で妥協していましたよね。だから、本件では対価等について「せめぎ合い」はないと思います。

山崎 山崎

各譲渡は、対等な立場での「せめぎ合い」にはほど遠いものでしたよね。
次に「従来のY社の配当実績、当時の金融機関の金利動向、急成長を始めていた当時のY社の企業価値、Y社が新たに海外に事業展開を始めることに伴うリスク、Y社が安全な投資先だとして投資した株主の立場及び企業防衛を迫られたY社の代表者であるXの立場などのY社を取り巻く経済環境及び法律的環境を考慮すると、本件各譲受価額は合理的な価額であった。」とのXの主張については、どう思われますか。

亀山 亀山

この主張、特に「考慮」項目として挙げている各種の「経済環境及び法律的環境」は一見もっともらしいですが、それらの事柄が、各譲渡における対価に対して、それをどれだけ上昇又は引き下げる効果・影響を与えているのか、各譲受価額の合理性を具体的に説明できていません。Y社がそのような「環境」にあったことはその通りかもしれませんが、抽象的な考慮項目を挙げるにとどまっていて、対価の合理性について説得力がありません。

山崎 山崎

同感です。抽象的なことをいくら並べてもしようがないですよね。
さらに三つ目の主張で、先程述べた「第三者に売却するそぶりをみせ」た「不満があった株主」からの譲受けについて次のように言っています。
〇Y社の元監査役であり、経営方針に関してXと対立していた株主であるAは、弁護士を介在させることにより、Xに対し、所有していたY社株式すべてを1株当たり1,728円で譲渡した。弁護士に処理を依頼した敵対的な株主でさえXに対して1株当たり1,728円で本件各株式を譲渡したということは、当時のY社株式の客観的な評価額が、国の主張する評価通達に定める方法により算定した評価額と大きく異なっていたことを示すものである。
Xからの株式買取りの申出に応じなかった株主の1人であるB(以下「B」という。)は、東京地方裁判所における株式買取価格決定の商事非訟事件の手続において、Xから1株当たり1,250円での買取りの申出があったことを知らず、仮に知っていればその価額で売却していた旨説明していた。このことからも、当時のY社株式の1株当たりの価額は1,250円であるとの認識が一般的であったと考えられる。

亀山 亀山

この「国の主張する評価通達に定める方法により算定した評価額」というのは、判決文ではよくわかりませんが、それが、敵対的株主(売手)からの買取価額、つまり、高めになっているというべき対価1,728円よりも高かったことは明らかで、この高めの対価をY社株式の客観的な評価額としたとしても、評価通達による評価額はそれよりもなお「大きく異なって」高いとの主張です。Xとしては、7条の適用において、Y社株式の客観的な評価額すなわち時価を評価通達による価額として、それと対価を比較することはできない・不当だということを主張したいということです。

山崎 山崎

そうでしょうね。Xはさらに株主のBのことも取り上げて、「当時のY社の株式の1株当たりの価額は1,250円であるとの認識が一般的であった」といっています。これも苦しすぎると思います。

亀山 亀山

Xは、7条と22条の時価は別モノとの主張に立ち、かつ、AとBの二人の売手の例を使って、7条適用が争われている本件では、評価通達によるY社株式の価額は高すぎ、1株1250円が「一般的」と主張しています。一瞬考えさせられますが、わずか2例に過ぎないことを措いても、この主張はAとBの主観に頼るのみの主張という点で全くダメだと私は思います。実際、判決でも全く認められませんでした。「時価」の判例通説、すなわち客観的交換価値からかけ離れた論法・主張だからです。

山崎 山崎

そうでしょうね。そして最後に、以上の3つの主張を総括して、Xは次のように言っています。
「このように本件各譲受価額は、本件各譲受日における本件各株式の時価であるから、本件各譲受けにおいて、Xには相続税法7条に定める担税力の根拠となる所得は発生していない。したがって、本件各譲受けについて、同条は適用されるべきではない。」

亀山 亀山

Xの主張の「本件各譲受価額」はこの判決の文面からすると850円から1,250円の間であり、1,728円のものもあったということのようですが、それぞれバラバラの譲受価額は、各譲受日における本件各株式の時価だから、つまり、時価で買っているのだから、本件各譲受けにおいて、Xには、相続税法7条に定める担税力の根拠となる所得は、発生していない。だから各譲受けについて、7条は適用されるべきではない、という結論を導いています。

山崎 山崎

ここまでがXの主張です。次に国の主張と裁判所の判断についても同様にみていきますが、少々長くなりますので、次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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