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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その3

2023.11.10

今回は前回の続きで、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主(Xと特殊な関係のない少数株主)から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件です。その株式の譲渡対価に対し、財産評価基本通達(以下「評価通達」)により計算した譲渡時の価額が時価であるとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされました。
Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・原告X敗訴で確定)における争点とそれに対する裁判所の判断について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第7回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第8回の内容(【事件の事実関係のうち注目すべき点とその検討】など)はこちら

本件の争点の確認

山崎 山崎

前回は、この事件の二つの争点を示したところで終わりました。その二つの争点を確認しておきます。

[争点1]相続税法7条は、取引当事者が、租税回避の問題が生じるような特殊な関係にある場合に限り適用されるものであるか。
すなわち、取引を通じた利益の移転を贈与とみなす相続税法7条は、取引当事者が、相続や遺贈で租税回避が生じるような親族等の特殊な関係にある場合に限り適用されるもので、本件のように特殊な身分関係にない場合はそもそも適用されるべきではないのか否か。

[争点2]相続税法7条にいう「時価」の意義及び評価通達の採る株式評価方法の合理性について。
すなわち、買い側であるXの押し買い的な取引ではあったものの、特殊な身分関係のない当事者間で任意に合意された対価に対し、通達評価額を時価とすることの合理性・当否。

争点1の検討①原告Xの主張

亀山 亀山

争点1は、今確認した通りですが、相続税法7条(以下「7条」)の基本的な考え方、適用対象についての争いです。

山崎 山崎

Xは、7条は租税回避の問題が生じるような特殊な関係がある場合に限り適用されるという主張をしています。このXの具体的な主張のうち、一見そうかもしれない・・と思わせるような箇所を2つ取り上げてみます。
まずXは、7条について、「生前贈与を利用した相続税の租税回避が横行したことから、相続税の補完税として贈与税が創設された際、低額譲渡を行う方法により贈与税を回避することを防止する目的から設けられたもの」と主張しています。

亀山 亀山

これは、贈与税が、原則として親族間の財産移転を前提にした相続税の補完税であることから、低額譲渡の方法による贈与税の回避を防止する7条も、親族間のように、譲渡当事者の間に特殊な関係がある場合の低額譲渡を前提にした規定で、それ以外にも適用されると解すべきではないと主張したいのだと思います。

山崎 山崎

次にXは、要旨次のような主張をしています。
① 「仮に、取引当事者間に特別の関係がない独立第三者間取引について、取引当事者が恣意的にでなく設定した価額と評価通達に定める価額との間に差があるとして、そこに7条を適用して贈与税を課すということになると、取引価額は評価通達に拘束され、私的自治の原則に基づいた価額設定の自由が奪われる。自由市場における需要と供給のバランスに従って市場価額が形成されるとする資本主義経済取引を否定することになる。」
② 「①のような不都合を避けるため、7条を適用する際には、本来の立法目的に従い、取引当事者間に贈与税の租税回避の意図があることを主観的要件とするか、又は、取引当事者間に特別な身分関係が存在しない独立第三者間取引においては、取引価額を当事者が恣意的に設定したものでない限り、"著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合"に当たらないというべきである。」

亀山 亀山

Xの主張については、上場株式の市場取引など、不特定多数の自由な売手と買い側がいる場合の一般論としては、そういえると思いますが、本件は閉鎖性・不自由性が極めて高い取引ですよね。決して自由な市場における需要と供給のバランスに従って価格(対価)が形成されたわけではなくて、Xが一方的に設定した対価を押しつけています。

山崎 山崎

本件における実際の自分の行為を棚に上げて一般論を主張していますね。本件のXは、このよう主張が目立ちます。

亀山 亀山

そしてXはそういった不都合を避けるべく、7条を適用するためには、本来の立法目的に従い、取引当事者間に贈与税の租税回避の意図があることが必要だ、そういう意図・主観があることを要件とするべきだ、と主張しています。これは、Xは、Y社の他の株主からY社株式を買える範囲でなるべく安く買いたいという目的で取引を行ったもので、そういう意図・主観はない、というわけです。その対価が仮に時価より安く、買い側であるⅩが経済的利益を受けたとしたとしても、と仮定して譲ったうえで、贈与税の租税回避自体を目的にしたわけではないからその意図はない、よって7条が適用されるべきではない、という理屈にしています。

山崎 山崎

本件の各譲渡は、売り側の各少数株主と買い側のXは、知人・友人程度の関係はあるでしょうけど、親族関係など、特殊な関係にはないですから、一応Xが主張する「独立第三者間取引」には当たります。ただ、特別な身分関係がないというだけで、その間で合意された対価が時価といえるかどうかはまた別の問題だとは思いますが。

亀山 亀山

その通りですね。さらにXは、「独立第三者間取引においては、取引価額を当事者が恣意的に設定したものでない限り、『著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合』には当たらないというべきである。」とも主張しています。ところが、この主張を受け入れるとしても、本件の各譲渡は、取引価額を当事者が、本件では、少数株主に対して優位な立場に立つXが、「恣意的に設定したもの」といえると思います。ここでもXは、自分のことは棚に上げた主張をしています。

争点1の検討②裁判所の判断

山崎 山崎

以上のようなXの主張に対して、国の主張は、7条の適用は「Xが主張する場合に限らない」ということです。つまりXがいうような場合には限定されないという説です。

亀山 亀山

それについては、裁判所が、国の主張をほぼそのまま認める内容の判示をしていますね。

山崎 山崎

その通りです。そこで国の主張は省略して、「裁判所の判断」をみていきます。
まず裁判所は、7条の趣旨について、要旨次のように判示しています。
「7条の趣旨は、法律的にみて贈与契約によって財産を取得したのではないが、経済的にみて、当該財産の取得が著しく低い対価によって行われた場合に、その対価と時価との差額については実質的には贈与があったとみることができることから、この経済的実質に着目して、税負担の公平の見地から課税上はこれを贈与とみなすというものである。そして、同条は、財産の譲渡人と譲受人との関係について特段の要件を定めておらず、また、譲渡人あるいは譲受人の意図あるいは目的等といった主観的要件についても特段の規定を設けていない。

亀山 亀山

裁判所は初めに7条の趣旨を述べたうえで、次に「そして同条は、財産の譲渡人と譲受人との関係について特段の要件を定めておらず、」といっていますね。親族同士などといった要件は定めていないことを指摘しています。「また、譲渡人あるいは譲受人の意図あるいは目的等といった「主観的要件についても特段の規定を設けていない。」としています。
贈与税に係る7条などの個々の法令は、まずはその文理、つまりは書かれていることに基づく解釈が重要ということです。

山崎 山崎

その文理を超えた、又は制限するような7条の解釈はできない、ということですね。

亀山 亀山

その通りです。個々の条文に書かれていないこと、その文理から読み取れないことを、相続税の補完税として創設された贈与税自体の趣旨や目的だけを基にして、その適用対象を狭めるような解釈はできないということです。そもそも、贈与税が補完する相続税にしても、普通は親族が対象になるものの、それ以外の者も、被相続人との関係性にかかわらず、遺贈を受ければ対象になりますから、7条の適用において、相続税の補完税というだけで、譲渡の当事者に特殊な関係を求めるのは無理があります。一般の贈与の場合の贈与税だって、租税回避目的や特殊な関係を求めていないですよね。7条になると、条文にそう書かれていないにもかかわらずそれらが必要となるというのはおかしいです。

山崎 山崎

次に裁判所は、7条の趣旨・文言に基づいて適用の対象・要件について、要旨次のように述べて結論を示しています。
「同条の趣旨及び規定の仕方に照らすと、著しく低い価額の対価で財産の譲渡が行われた場合には、それによりその対価と時価との差額に担税力が認められるのであるから、税負担の公平という見地から同条が適用されるというべきであり、租税回避の問題が生じるような特殊な関係にあるか否かといった取引当事者間の関係及び主観面を問わないものと解するのが相当である。
ここでいう「主観面」というのは、租税回避目的が認められるかどうか、ということですよね。

亀山 亀山

そうです。そして、裁判所の判断は当然ですね。この「租税回避の問題が生じるような特殊な関係にあるか否かといった取引当事者間の関係及び主観面を問わないものと解する」というのが、7条の基本です。主観面を問わないところは、同族会社等の行為計算等の否認規定でも同様ですし、裁判例も多数あります。
租税回避目的という主観、つまりそういう内心の考えがあれば、7条の適用により贈与とみなされて裁判でも認められる確率は相当に高まるが、そのような主観・内心は必須の要件ではなく、国が租税回避目的を立証しなければならないというわけではない、ということです。

山崎 山崎

要は、対価と時価との著しい差額がありさえすれば、実質的・経済的に贈与あったとみることができ、担税力が認められるからそれで十分だということですね。

亀山 亀山

そうです。簡単にいえば、その対価は相続税法の時価より大幅に安いだろ、といわれてしまえばアウトということです。ちなみに相続税法上の時価とは、客観的交換価値のことで、国側が算定する場合は評価通達に基づく評価額が原則ですが、「合理的な理由」があれば、同通達6項によりそれ以外の方法で算定されたものでもよいということです。

山崎 山崎

以上のような相続税法7条の趣旨及び適用対象に関する判断を踏まえ、裁判所はXの主張に対して次のような判断をしています。
「Xは、独立第三者間取引が行われた場合に相続税法7条が適用されると、取引価額は評価通達に拘束され、価額設定の自由が奪われることになり、資本主義経済取引を否定することになるから、それを避けるため、同条を適用する際は、本来の立法目的に従い、租税回避の意図があることを主観的要件とするか、又は、独立第三者間取引においては同条を適用するべきでない旨主張する。
しかし、前記のとおり、同条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた者の担税力の増加に着目し、それ自体に課税するものであるから、取引当事者間の関係及び主観面を問わないものと解すべきであるし、独立第三者間取引において同条が適用されるからといって、そのことにより、直ちに一般市場における取引価額が評価通達に定められた価額に拘束され、価額設定の自由が奪われるというものではない。」
この「独立第三者間取引において同条が適用されるからといって、そのことにより、直ちに一般市場における取引価額が評価通達に定められた価額に拘束され、価額設定の自由が奪われるというものではない。」という点について、わかりやすく説明してもらえませんか。

亀山 亀山

わかりました。これは、非上場株式であっても、独立当事者間で真に自由にその企業価値に基づく資産価値が検討・評価されて対等の立場で価額の交渉が行われ、その結果合意された対価であることが説明できれば、評価通達による評価額と少なからず差額があっても、その対価が時価として認められ、相続税法7条の適用はできないと解される...という考え方だと思われます。

山崎 山崎

なるほど。
ただ、判決は想定していないのですが、譲渡資産が非上場株式の場合で、その取得者が多数株主で譲渡者が少数株主であれば、相続税法では、少数株主にとっての価値(時価)と多数株主にとっての価値(時価)は違うので、配当還元価額的な対価が合意されて多数株主が株式を取得すれば、多数株主は著しく安い価額で取得したことになります。多数株主にとっての時価である原則的評価額との差額について「担税力の増加」は否定できないので7条のみなし贈与は避けがたいと思います。

亀山 亀山

そこは悩ましいところです。少数株主で、非上場株式の時価が相続税法の実務で二重価格になっていてそれが一般に認められていることを知っている人であれば、取得者である多数株主に対し「配当還元価額で取得したらみなし贈与になるから、原則的評価で買ってよ。」と強気に出るかもしれません。私がその少数株主の立場であれば、そう主張して少しでも高く買わせようと頑張りたいですね。それでも、買い側の多数株主は、原則的評価額で買うより、あくまで配当還元価額で買って贈与税の課税を甘んじて受けたほうがキャッシュアウトは少なくなるので、そうするのではないでしょうか。

山崎 山崎

確かにそうですね。ただ、そうであっても、裁判所の7条の適用要件に係る結論、すなわち、「同条において、租税回避の意図があることを主観的要件とするか、又は、独立第三者間取引においては同条を適用するべきでない旨のXの主張を採用することはできない。」は正しいと思います。

亀山 亀山

そうですね。租税回避の意図がない場合や独立第三者間取引では7条を適用するべきでない旨のX主張は、他の7条の裁判等でも試みられますが、裁判所に採用されたことはなく、無駄な主張だと思います。要は著しく安い対価で譲り受けたらそれだけで7条該当ということです。そんな無駄な主張にではなく、7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たらないという主張、たとえば、譲渡対価は取得者にとって時価と認められるといった主張ですね、それに労力を費やすべきです。

山崎 山崎

争点1に関する、Xと国の主張と裁判所の判断と理由の検証は以上の通りです。次に争点2についても同様にみていきますが、少々長くなりますので、次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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