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個人がその有する非上場株式の一部を一般社団法人に譲渡した場合の所得税法59条の時価が争われた裁決の検討(後編)

2024.09.24

今回は前回に引き続き、個人が支配株主として保有する非上場株式の一部を一般社団法人に譲渡する際の譲渡価額を、配当還元方式に基づいて算出した価額として、そのまま譲渡所得の金額を計算して申告したところ、税務署がその譲渡が所得税法59条1項2号の「著しく低い価額の対価」の額による譲渡に当たるとして、譲渡価額を同項の「その時における価額」(以下「時価」)に引き直して譲渡所得の金額を更正した事案の裁決をみていきます。税務署はその株式の時価を、所得税基本通達(所基通)により財産評価基本通達(評価通達)の定める原則的評価方式に準じた方法で算出し、その譲渡価額はその算出された時価の2分の1に満たないことから、時価で譲渡があったとみなして更正処分等をしました。この事案・裁決(関裁(諸)令4第19号 令和4年11月21日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

審判所の判断①法令解釈

山崎 山崎

審判所は、所得税法59条1項の趣旨について、要旨「譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである。譲渡所得に対する課税においては、資産の譲渡は課税の機会にすぎず、その時点において当該資産の所有者である譲渡者の下に生じている増加益に対して課税される。所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合にその資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止するため、「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすこととした。」としています。
この審判所の解釈は当然のことですが、令和2年の最高裁判決での解釈を引用していて、所得税法59条の問題を考える場合の基礎になるものです。

亀山 亀山

所得税法59条が、対法人譲渡において、その総収入金額を同36条が定める原則である「収入すべき金額」、これは合意した譲渡価額ということになりますが、それではなく、時価で譲渡があったものとみなすとしているところ、その譲渡所得課税と59条の趣旨からすると、その譲渡資産の時価は、清算して課税すべき増加益が生じている譲渡者にとってのそれでとらえることは当然です。

山崎 山崎

そうすると、その時価は、その譲渡先が誰であろうと、どんな事情を抱えていようと、また、その譲渡先が取得する株式の数や議決権の数に基づく支配権がどうであろうと、'譲渡直前の譲渡者に生じている増加益を反映する譲渡者にとっての時価'とみるべきですよね。

亀山 亀山

そのとおりです。所基通59-6も、その趣旨を明確にするために令和2年8月24日に改正され、その(1)で「財産評価基本通達178、188、188-6、189-2、189-3及び189-4中「取得した株式」とあるのは「譲渡又は贈与した株式」と、同通達185、189-2、189-3及び189-4中「株式の取得者」とあるのは「株式を譲渡又は贈与した個人」と、同通達188中「株式取得後」とあるのは「株式の譲渡又は贈与直前」とそれぞれ読み替える」としており、譲渡者にとっての時価を採用・計算するべきことを示しています。

山崎 山崎

なお、本件譲渡は平成27年で、その通達改正前のものですが、先ほどの令和2年の最高裁判決では、改正前の59-6も同様に、譲渡者にとっての時価を算定するものとして理解すべきとされています。

亀山 亀山
そうですね。
山崎 山崎

所得税法59条の時価は、その資産の譲渡者にとっての時価と解すべきことが基本になりますが、これは、譲渡資産が非上場株式である場合は重要ですね。また、その時価について、「当該譲渡の時における客観的交換価値、すなわち、それぞれの資産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額をいうものと解される。」としています。

亀山 亀山

その時価の定義は、株式を含め資産又は財産一般の時価の基本的な意義として平成11年11月30日東京地裁判決など過去の裁判例でも示されており、所得税に限らず各税法共通の時価の基本的な意義として正しいですけど、59条の適用においては譲渡者の立場での「客観的交換価値」ということになります。

山崎 山崎

次に審判所は、前述の時価の意義に照らし合わせて、本件のように取引相場のない株式の譲渡に59条の適用が問題になる場面での所基通59-6による時価評価の一般的な合理性について検討しています。
所基通59-6は、取引相場のない株式における所得税法59条第1項の「その時における価額」について、同通達23~35共-9に準じて算定した価額によるとし、取引相場のない株式の場合は、ほとんどが、同通達(4)のニに当たりますよね。本件も後で触れますが、ニに当たります。

亀山 亀山

同通達(4)ニは「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」を時価とする旨を定めていますが、これだけでは具体的な株式の時価を算定することが困難です。このため、所基通59-6は、相続税法における財産評価手法として定着している評価通達に基に、所得税(同法59条)と相続税との性格の違いに基づく一定の修正( 同通達(1)~(4))をしたうえで評価通達の手法を準用することとしています。
この「一定の修正」のうち、一番重要な修正点は、相続税・贈与税の場合は、株式の取得者の立場で、取得後の議決権数に基づく会社に対する支配力で評価評価方法、すなわち原則的評価にするか特例的評価である配当還元による評価にするかを決めますが、59条の時価は、譲渡者にとっての時価ですから、譲渡者の譲渡直前の議決権数に基づく会社に対する支配力によって評価通達の例による評価方法を決定するという点です。この点は、59-6の上記改正の前後で一貫しています。改正後の方がその点がより明確になりましたけどね。

山崎 山崎

同感です。

亀山 亀山

譲渡における譲受者の会社への支配力の程度は、譲渡者の下に生じている増加益の額に影響を及ぼすものではないから、前記の譲渡所得に対する課税及び59条の趣旨に照らせば、譲渡者の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきことは、先に述べた最高裁判決も判示しています。上記修正点を条件に評価通達の例によることを定める59-6は、その判示に沿うものといえます。

山崎 山崎

所基通59-6の趣旨について、審判所は、要旨「取引相場のない株式の客観的交換価値を的確に把握することが容易ではないため、その客観的交換価値の算定方法を原則として評価通達の例によることに統一し、課税庁における個別的な判断が区々になることを避け、課税事務の迅速な処理を期するとともに、納税者間の公平、納税者の便宜等を図ることにある」と述べ、その評価方法が非上場株式のその譲渡の時における客観的交換価値を算定する方法として、一般的な合理性を有するものといえる場合は、「客観的交換価値を適切に算定することができない特別の事情の存しない限り、上記客観的交換価値を超えるものではないと推認され、上記価額に基づく課税処分は適法であると認めるのが相当である。」としています。

亀山 亀山

そうですね。

山崎 山崎

そこで審判所は、非上場株式の時価の算定方法として所基通の定める非上場株式の評価方法(所基通59-6、同23~35共-9)を採用することの「合理性」についてさまざまに検討し、「大量かつ反復継続的な取引は行われず、また、仮に売買実例が存在したとしても、その取引価格が当事者間の主観的事情に左右されることが避け難く、その取引価格をもって当該株式の客観的交換価値を反映したものとは直ちにいえないことに鑑みて、適正な価額による売買実例がある場合等を除き、その取引価格に依拠せずに評価するものと解され、当該株式の性質に即した評価を可能とするものとして、一般的な合理性を有するものということができる。」などとして、その一般的合理性を認めています。

亀山 亀山

取引相場のない株式等の評価において、59-6の評価方法の一般的な合理性自体を否定するような判断は全く期待できません。この事件・裁決だけでなく、過去の裁判例もその一般的合理性を認めています。それを否定するということは、同通達は評価通達を基盤としているわけですから、本家である相続税法の評価自体も揺らぐ、否定することになります。少なくとも実務家は、それはありえないという前提に立つべきです。個々の事案では、59-6を適用すべきでない、59-6によると客観的交換価値から大きく外れてしまう・・といえるだけの特別な事情があるかという点だけは問題になりえますけどね。

審判所の判断②認定事実・・59-6による評価を適用すべきでない特別な事情があるか

山崎 山崎

審判所は、要旨次のとおり事実関係を認定しています。まず、A社と同株式は前回の【事件の概要】の3で確認したとおりで、本件譲渡の譲受者である本件社団法人は、譲渡者Xの父母の意向で設立され、その理事や社員はXの父が代表者のB社の役員や同社と関係の深い司法書士、弁護士が務め、その所在地はB社の本店で経理をB社の社員に依頼している等、本件社団法人がX一族やB社と強い関係があり、会社ではないものの、実質的には同族関係者に近いと思われます。

亀山 亀山

そうすると、本件株式譲渡とその譲渡価額が「純然たる第三者間」で決定された、というXの基盤となる主張は説得力がありません。

山崎 山崎

本件譲渡の譲受者は会社でなく一般社団法人で、形式的には譲渡者Xの評価通達188の同族関係者ではありません。法人の同族関係者は会社に限定されていますから。本件譲渡後のA社における本件社団法人の議決権割合は発行済株式の5%未満で、Xらの議決権と合算されることなく、少数株主に該当することから、59条の時価は譲受者にとっての時価で(も)OKと考えていたと思われるXや本件税理士にとって、譲渡価額を配当還元価額とするために、譲受者が一般社団法人であることが都合がよかったのでしょうね。

亀山 亀山

そうでしょうね。Xの両親が本件社団法人を通じてやろうとした事業は株式会社でもできますし、株式を通じた支配ができる株式会社の方が支配は安定します。にもかかわらず、あえて一般社団法人を利用した理由は、裁決書では触れられていませんが、そのような税務上の思惑があったと思われます。

山崎 山崎

同感です。また、本件譲渡の経緯は次のとおりです。
①本件社団法人設立後、X及びXの両親は本件社団法人の活動が支障なく行われるための原資を本件株式の配当金から捻出させるべく、本件株式の譲渡を検討し、本件株式の譲渡価額について本件税理士に相談した。
②本件代表理事は、本件社団法人がA社に影響力を行使することができないよう本件株式の保有割合は本件株式の発行済株式総数の5%以内にすべきであり、また、株式の購入代金があまりに高額では、購入代金に充てる基金の調達が多額になりその返還が困難になることなどを、X及び本件税理士に報告した。
③本件税理士は、本件株式の譲渡価額について、以下の点を考慮し検討を行った。
a 少数株主であれば、配当還元方式による価額決定が可能であり、その他の評価方式による価額では譲渡価額が高額となり、本件社団法人の活動に支障が生じる。
b 本件社団法人は設立直後で資金がなく、購入代金のほとんどを基金で調達する必要があるが、基金には返還義務があるので、購入代金が高額になるとその返還額が高額になり事業活動の支障となる。
c 基本的に、配当還元方式による価額を対価とするが、Xの実際の取得価額も考慮し、取得の単価(一株当たりの価額)を譲渡の単価の最低額とする。
④本件税理士は、上記③により試算した本件株式の譲渡の対価をX及び本件代表理事に提案した。X及び本件代表理事は、この提案に基づき譲渡を行うこととし、本件株式の譲渡の単価等について、当事者間における交渉は行わなかった。

亀山 亀山

本件譲渡は、本件株式の配当金を本件社団法人の活動資金の原資にしようとして企画され、本件株式の譲渡価額について、本件税理士が「少数株主であれば、配当還元方式による価額決定が可能」と考え、本件社団法人の購入資金の負担も配慮して配当還元価額によることを提案し、Xと本件社団法人がその提案を受け入れて決定されたということです。譲受者の都合にあわせた譲渡で、当事者間で価額の交渉等は行われなかったということですから、通常の「純然たる第三者間」による譲渡でないことは明らかです。そうである以上、本件株式の59条の時価として、配当還元価額たる譲渡価額のほうが相応しいといえる特別な事情が生じる余地はありません。審判所は、その他のXの主張も含めて、「Xの主張は評価通達による価額が同条の時価として適正なものであることを覆すことはできない」旨の判断をしています。

山崎 山崎

本件株式の譲受者である本件社団法人は、存続・活動資金等のためその配当を期待するだけの株主としてそれを取得するので、取得者である本件社団法人にとっては、配当還元価額は時価といえるでしょうけど、59条の譲渡者にとっての時価とはいえないということですね。59条の時価ではない譲渡価額(配当還元価額)を、税理士が誤って「可能」と考えてオススメし、それを採用したことで当然に否認され、審査請求でも譲渡者にとっての時価という土俵に上がらない主張に終始し、棄却されたと整理できますね。

亀山 亀山

はい、そういうことです。Xや本件税理士は、59条の時価は「譲渡者にとっての時価」であるという基本を理解していなかったと思われます。非上場株式の譲渡の場合で所基通59-6による評価、すなわち評価通達を一部修正した評価が適用されるとき、この基本は重要です。会社でなく社団法人を譲受者としても、「譲渡者にとっての時価」には何も影響しませんし本件譲渡については同通達を適用すべきでない特別な事情もない、他に何らみるべき主張もないということで、審査請求が却下されるのは当然の結果だったと思います。
(了)

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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