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TACTフォーカス

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相続税法7条のみなし贈与事件(平成19年1月31日東京地裁判決)から学ぶ非上場株式の相続税法上の時価とみなし贈与の認定の在り方その1

2023.10.05

表題の事件は、非上場会社の代表取締役(X)が、複数の個人株主から同社の株式を買い受けたところ、その対価が著しく低く、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとされて贈与税の決定を受けた事件です。その株式の譲渡対価に対し、評価通達により計算した譲渡時の価額が時価であるとして、その差額に相当する金額をXが贈与により取得したものとみなされ、Xに贈与税の決定処分がされました。Xがその取消しを求めて起こした裁判(平成19年1月31日東京地裁判決・納税者敗訴で確定)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

はじめに

山崎 山崎

今回取り上げるのは、非上場会社(同族会社)の代表取締役が、複数の個人株主から同社の株式を買い受けたところ、相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして、時価と対価の差額について贈与税が課税された事件をめぐる裁判です。

亀山 亀山

TACTフォーカスの第3回〜第6回では、非上場株式に係る相続税の財産評価基本通達(以下「通達」)6項による否認事案について検討を行いましたが、今回の事件も非上場株式の相続税法上の時価が論点というか争点となっています。ただ、通達の6項で通達によらない価額で時価を認定されたのではなく、通達による価額を時価としてそれと譲渡対価(<通達による価額)との差額が相続税法7条により贈与とみなされているわけですよね。

山崎 山崎

そのとおりです。なお、本件で「通達による価額」とは、個人株主間の非上場株式の譲渡ですから、買手の株主Xにとっての相続税法上の時価ということです。

亀山 亀山

相続税法7条は、「著しく低い対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があつた時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があつた時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす。」としていますね。

山崎 山崎

今回の事件は、親族同士などの特別な関係がない、その意味で独立当事者である個人間の株式の売買でした。その売手と買手の双方が合意した売買価額で売買しても、そして、その売買の際に必ずしも積極的な利益供与の認識などの意図がなくても、売買価額が相続税法上の時価本件では買手の通達による価額ですがそれに大きく足りていない場合は、その差額にみなし贈与が認定される場合があるので注意しましょう、という趣旨で取り上げました。

亀山 亀山

今回の事件は、少数株主の個人から支配株主の個人への株式の譲渡におけるみなし贈与という点で、反面教師とすべき事案ですが、本事案のように贈与税が課税されないためにどういう点に注意すべきか-ということを、この判決を検討して掬い上げていきたいと思います。

事件の概要

山崎 山崎

まず事件の概要を東京地裁の判決から確認していきます。

1.Xは、Y社(化粧品製造業)の代表取締役であり、その創業者であり、かつ、筆頭株主である。Xは、平成9年7月31日の時点においてY社の発行済株式33万7729株のうち、約39.1%に当たる13万株超の株式を保有していた。これが平成10年7月31日の時点においては、Y社の発行済株式33万7729株のうち、約67.2%に当たる22万株超の株式を保有するに至った。この保有株式の増加分は2で述べる本件各譲受けによるものである。

2.Xは、平成10年2月18日から同11年2月24日にかけて、(筆者注:複数回に分けて、その都度違う対価で)合計116人の譲渡人(いずれも個人。以下「本件各譲渡人」という。)から、Y社の株式を取得した(以下、この取得を併せて「本件各譲受け」という。)。

3.I税務署長は、本件各譲受けが相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして、更正(と加算税賦課)を行った。Xの異議申立て・審査請求はいずれも棄却され、Xは更正等の取り消しを求めて提訴した。

4.Y社は、正式に取締役会を開催するといったことはほとんどなく、また、株主総会に株主が出席するということもほとんどなかった。

5.Y社は、その株主に対し、平成9年10月16日付で、「第22回定時株主総会のお知らせ」と題する所面(以下「本件お知らせ」)を送付した。本件お知らせには次の記載があった。
「ここ数年の伸びで会社も大分安定してまいりましたので、今期は株式買い上げの比率を額面(明示されていないが、文脈からすると一株500円)の170%(額面100万円なら170万円)にしたいと思います。売却希望の方は別紙に記載して社長室宛て封書でお送りください。この比率はあくまでも今期配当金支払前までの比率で、配当金支払い後のお買い上げはお約束できません。」

6.Y社は、その株主に対し、平成9年11月、5の買い上げに係るQ&A(以下「本件Q&A」)を送付した。本件Q&Aには、以下のような内容が記載されていた。
① 株式の引受け(筆者注:買取りのことと思われる。)はY社の代表取締役であり、かつ、筆頭株主であるXが行うこと。
② Y社の株式の譲渡には取締役会の承認が必要であり、実質的にはXの承認がない限り、株式の売買及び譲渡はできないこと。
③ 株主が死亡した場合、やはり取締役会の承認がない限り、株式は自動的に遺族の所有になるわけではなく、Y社が株式の額面価額で引き取ることになること。
④ 今後、株式の引受けを額面の170%で行うことを確約することはできないこと。
⑤ 今後、株式の引受価額を引き上げるつもりはなく、今回は特別に価額を引き上げたものであること。
⑥ 将来も、株式上場の予定はないこと。
⑦ 配当額は、Y社の業績が好調のときは額面の10%であるが、その数値が上限であり、それ以上の配当をすることはないこと。

7.Y社は、その株主に対し、平成10年3月9日付けで、本件案内<1>を送付した。本件案内<1>には、以下のような内容が記載されていた。
① Y社の知名度が上がってきたことにより会社防衛が急がれており、Xが発行済株式の過半数を所有しているものの3分の2に届いていないため一抹の不安を抱いていること。
② ①の理由により、若干名の株主に順次声をかけ、Xの持株数がY社の発行済株式の3分の2に達するまで買取をすべく、協力を仰ぐことになったこと。
③ ②の買取価額は額面の250%であり、買取期限は同月20日必着であること。
④ Y社は将来も株式上場をせず、また株式を自由に譲渡することはできないこと。
⑤ 今後は額面どおりの価額での買上げ以外はしないこと等を勘案すると、③の条件で売った方が絶対に得であること。
⑥ Xは、持株数がY社の発行済株式3分の2に達し次第、以後の株式買上げはせず、今回が最後の案内になること。
 さらに、Y社は、その株主に対し、同月30日付で、本件案内<1>とほぼ同じ内容が記載された本件案内<2>(ただし、買取期限は同年4月30日に延期されている。)を送付した。

8.Xは、本件各株式の買取りの申込みに応じた116人の本件各譲渡人に、その各譲受日に本件各譲受価額(人により・時期により違う)を支払って、本件各譲渡人から本件各株式を買い取った。

9.本件案内<1>及び本件案内<2>にある「株券売却申込書」には、「下記の条件で株式を売却いたします。」と記載されており、その下の「額面金額」欄及び「売却金額」欄には、それぞれ、本件各譲渡人に送付された時点で、既に、その所有に係るY社株式の額面金額と、その額に買取りの申出に係る所定の倍率を乗じた額である売却金額が記入されていた。

10.譲渡人Cは、東京国税局職員(以下「国税職員」)に対し、平成15年3月19日の税務調査の際、おおむね以下の内容の回答をした。
① 昭和52年1月にXから増資の知らせが送られてきた際、Xの考え方に感銘を受け、協力しようと思ったことなどからY社に出資をした。Y社の役に立てればという気持ちが強く、投資目的ではなかったので、出資することに不安はなかった。
② 平成10年3月頃にXからY社の株式買取りの案内(本件案内<2>)が送られてきた時に、所有していたY社の株式5,359株を売ることにした。売買金額は1,000万円であったが、1株当たりの価額の算定根拠は特になかった。
③ 本件案内<2>には、買取価額は株式の額面の250%と記載されていたが、時価はもっと高いと思っていた。ただ、本件Q&A及び本件案内<2>等の内容から、X以外の相手にY社の株式を売ることはできず、買取価額はY社により決められていることから、その価額より高い価額では売れないとも思っていた。
④ 結局、時価は額面の250%よりも高いのではないかということ及び売却金額はY社に任せることを記載して、切取り線以下の売却申込書をY社に送付した。
⑤ ④の売却申込書の送付後、Y社側から連絡があり、売却金額は額面の250%より高くなると説明されたが、その時に具体的な金額の確認はしなかった。具体的な金額を確認しなかったのは、株券を既にY社に送っていたことから、代金がもらえないかもしれないという不安があったからである。
⑥ 売却代金の送金前にY社からの連絡はなく、またY社の株主の知り合いはいないので、Y社の株式の売却について誰にも相談しなかった。

11.譲渡人Aは、国税職員に対し、平成15年6月12日の税務調査の際、おおむね以下の内容の回答をした。
① 以前Y社の監査役になっていたが、名目だけであり、実務は何もやっていなかった。Y社の株主総会に出席したことはなかった。
② 平成9年頃、Xに対してY社の経営について文書で提言した際、Xからものすごい剣幕で抗議を受けた。そのため、Xに反省を促すために、自己が所有していたY社の株式を他の者に譲渡しようと、Xに対して株式譲渡承認請求書を送付したところ、Xから、譲渡の相手がXでなければ承認しないという内容の回答書が送られてきた。
③ ②の回答書の受領後、弁護士を介してXとY社の株式の売却交渉をしたが、同年7月期の決算書の資産状況に照らすと、1株1万円前後はすると思ったので、Xの提案した1株当たり850円または1,250円という額は安すぎると思った。
④ Y社の株式の売却交渉においては、特に具体的な根拠はなかったが、総額2,000万円であれば売却してよいと弁護士に伝えた。この売却価額については、もっと高く売却できたかもしれないが、Xから脅しに近いような文書が送られてきたこともあり、Xともめたくなく、またY社の株式に未練はなかったことから、ある程度妥協した金額となった。

12.譲渡人D・E・Fは、国税職員に対し、いずれも、Xの脅し的な買取案内に押され、今後の譲渡機会の喪失への不安、株の知識もないことなどから売却に応じた旨などを回答していた。

13.Xは、国税職員に対し、平成14年11月22日の税務調査の際、①平成10年頃にY社の各株主に対してY社の株式を額面の250%で買うと文書で案内し、それに応じた株主からY社の株式を買った旨及び②250%という数字はXが大体の感覚で決めたものであり、税理士等に価額を相談したことはなく、また、類似業種比準方式及び純資産価額方式に基づく算定根拠がある訳ではない旨等を申述した。

14.Xは、この裁判の段階では、①本件案内<1>及び本件案内<2>の切取り線以下の額面金額及び売却金額は、X自身が記入したものである旨並びに②本件お知らせに記載した買受価額である株式の額面の170%という数字は、公認会計士や税理士に相談したものでも、1株当たりの利益金額や純資産額というものを指標にしたものでもなく、「この程度だったら売ってくれるのかな」というXの考えで決めたものである旨等を供述した。

山崎 山崎

以上が事件の概要ですが、長くなりましたので今回はここまでとしましょう。
次回は、上記1~14について気になった点を確認していきたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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