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TACTフォーカス

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非上場株式の相続税評価における"通達によらない評価"に関する裁決の検討 その4

2023.06.02

今回も前回から引き続き、相続又は遺贈により非上場株式株式を取得した個人が、財産評価基本通達(以下「通達」)に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、税務署がその株式の価額を通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、通達6項により相続税の更正処分等をした事案に係る国税不服審判所の裁決(関裁(諸)令第3号 令和3年8月27日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第3回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第4回の内容(【本件の相続税対策の概要】など)はこちら
第5回の内容(【株特外しを中核とする本件の相続税対策の検証】など)はこちら

審判所が認定した4項目の検討

山崎 山崎

前回のおさらいをしますと、審判所は通達6項を適用すべき「特別の事情」の有無の判定に際し、次の4点を認定しています。

①本件増資および増資後のB社における資産(増資資金)運用の一連の行為は、(株特外しその他による)相続税の負担軽減が直接の主たる目的であると認められる。

②本件増資後~相続開始までの期間に、B社株式の客観的交換価値を急落させるような事情が生じた気配はない。

③B社の相続前直近の決算期における資産は合計50億401万1,171円であり、これに占める流動性の高い資産(現金及び預金、預け金及び投資その他の資産)は合計48億3,749万379円、その割合は約96.7%となっている。

④「S1+S2方式」による評価額(約23億円)は、純資産価額方式による評価額(約35億円)に比べて12億円の乖離がある(低い)。

この①〜④の4項目について、詳しくみていきたいと思います。

亀山 亀山

まず①で、本件増資に係る一連の行為の直接の主たる目的が、相続税の課税価格(相続財産の評価額)を圧縮して租税軽減をすることだと認定しています。被相続人又は相続人の問題の行為の目的・意図(が租税軽減にある)という主観面が、特別の事情の判断において、考慮すべき点として重視されるということが確認できます。

山崎 山崎

そうですね。次に、審判所は②で、本件増資及び増資資金36億円の運用開始の時点から、課税時期(相続発生)までの間に、「本件株式の客観的交換価値を急落させるような事情が生じた気配はない」としていますが、この点についてはどう思われますか。

亀山 亀山

②の「事情」が生じたかどうかは、通達以外の評価方法を採用すべきかどうかの判定においては、無用だと思います。というのは、相続時において、B社の増資後の資産の状態、すなわち、上場株式だけでなく、流動性の高い・換金性の高い金融資産がそのほとんどを占めている状態が課税時期まで継続していて金融資産の塊(ほぼ100%)の会社であることだけで、株特としてS1+S2の選択を認めず、純資産価額方式を採用して評価する理由として十分だと思われるからです。たとえば、取得した外国債などの時価が相当に下落していて「本件株式の客観的交換価値を急落させるような事情が生じ」ていても、そのことはS1+S2の選択を認めないという判断において全く問題ではありません。

山崎 山崎

相続前に取得した外国債などの時価が相続時に相当に下落していたとしても、相続時のそれらの時価で純資産価額を計算すればいいだけですからね。

亀山 亀山

その通りです。②については、B社において「流動性の高い・換金性の高い資産を保有しているだけの状態・それらが資産の100%近くであることが課税時期まで維持されている」ことのみを挙げれば十分だと思います。

山崎 山崎

審判所は、③で、B社の相続前直近の決算期における総資産に占める流動性の高い資産の占める割合は約96.7%となっていることを指摘しています。これこそが、通達が定めるS1+S2方式の選択を認めず、純資産価額評価が妥当だと判断する理由として、重要な事実ということですね。B社は、実体のある事業を行っておらず、事業用の不動産や機械設備等を有せず、その時の換金価値が容易に把握できる、いわば現預金と同等と見ることができるものが総資産の97%近くあります。つまり、B社は現金の塊に近い会社であり、③はそのことを指摘していると理解できます。

亀山 亀山

そういうことです。例えば、貸借対照表が
・資本金1億円
・現預金99,900,000円
・パソコン100,000円
という会社の株式の時価は、仮にパソコンの評価をゼロとしても、純資産価額で99,000,000円を下回ることはありえないですから。

山崎 山崎

B社はほぼ現預金の塊のような会社ですから、そのような会社にS1+S2方式を適用することは時価評価として不合理かつナンセンス、ということですね。

亀山 亀山

その不合理さが、審判所が④で指摘したS1+S2方式による評価額約23億円と純資産価額方式による評価額約35億円との間で「12億円乖離があること」に表れているということだと思います。

山崎 山崎

そうすると、税務署が通達の'S1+S2方式の選択'を認めずに純資産価額方式によってB社株式の時価評価をしたことを審判所が相続税法の22条の時価として認めて、更正処分を適法だとした判断は妥当と思われますね。

亀山 亀山

私もそう思います。

山崎 山崎

B社は、通達189後段の「なお」書きにより株特該当とされますが、税務署は通達189-3が株特の株式の評価において認めるS1+S2方式の選択を認めず、B社株式について純資産価額方式により評価しています。

亀山 亀山

つまり税務署は、通達6項を適用したということです。

山崎 山崎

そうですね。そして審判所は、通達6項を適用すべき「特別の事情」の有無について、総括的に「以上のような事実関係の下で、本件(B社)株式について形式的に評価通達を適用し、本件相続開始日における客観的交換価値を適正に示すとみるのが困難なS1+S2方式の選択を許すことは、請求人ら(相続人Yら)と同等の措置を採らなかった他の納税者との関係で、租税負担の実質的な公平を著しく害する結果になるといわざるを得ない。したがって、本件株式については、評価通達の定めるS1+S2方式の選択を許すことが著しく不適当と認められる特別の事情があるというべきである。」と判断しています。

亀山 亀山

この審判所の判断の中で、特に「請求人ら(相続人Yら)と同等の措置を採らなかった他の納税者との関係で、租税負担の実質的な公平を著しく害する結果になるといわざるを得ない。したがって、本件株式については、評価通達の定めるS1+S2方式の選択を許すことが著しく不適当と認められる特別の事情がある」の部分が、6項に書かれている「著しく不適当」の理由となっていて、「特別の事情」ありの根拠となっている点に留意すべきです。

山崎 山崎

なぜ留意すべきなのでしょうか?

亀山 亀山

この事件の裁決は、令和4年4月19日最高裁判決より前ですが、この部分は、同判決の「評価通達の定める方法による画一的な評価」(=税務行政の執行上の平等原則)を行わない(=平等原則を貫徹しない)ことが認められる「合理的な理由」があることの判断基準と同じと思われるからです。

山崎 山崎

なるほど。令和4年4月19日最高裁判決が示した「合理的な理由」がある場合の判断基準は、それ以前の課税や裁決・裁判などで示されてきた6項適用が認められる「特別(又は特段の)の事情がある」場合の判断基準と実質的にほぼ同じということですね。

亀山 亀山

そう思われます。そうすると、通達によらない評価が認められるかどうかが争われた過去の争訟について、昨年の最高裁が示した考え方というか基準と照らし合わせて(見直して)も、その結論が変わるようなことはないということです。

山崎 山崎

最高裁の令和4年4月19日判決については、このTACTフォーカスの第1回と第2回で分析・検討しましたね。

亀山 亀山

そうですね。そこでは、最高裁は、通達は法令ではないので、通達6項については直接判示することなく、あくまで相続税法22条の適用の在り方を示すことで、実質的には通達6項の適用基準を示したと理解できると整理していますね。

その他のYら相続人(請求人)の主張に対する審判所の判断

山崎 山崎

Yら相続人は、「本件新株発行及び本件資金を含めた資産の運用は、MBO目的及び資産運用目的として行ったものであって、合理的な目的があったから、上記特別の事情はない」旨の主張をしています。これに対して、審判所は、「本件新株発行及び本件資金を含めた資産の運用については、請求人らの主張するMBO目的や資産運用目的が、その直接の動機であったとか重要な目的であったとは考えられず、本件相続税の課税価格を圧縮し、相続税の負担を大きく軽減することを直接の主たる目的として行われたと認められる」と判断しています。

亀山 亀山

さきほど述べたとおり、「本件新株発行及び本件資金を含めた資産の運用」の直接の動機は相続税の負担回避にあり、MBO目的などは具体性がなく、直接の動機ではないのは明らかですから、この審判所の判断は妥当だと思います。

山崎 山崎

審判所は、本件の増資に係る一連の行為について、MBO目的等で行った旨の請求人の主張を退け、相続税の軽減目的と認定できること、そして、「金銭のような資産は、客観的交換価値を一義的に確定することが容易に可能であるのが通常である。それにもかかわらず、以上のような事実関係の下で、...本件株式について形式的に評価通達を適用し、...「S1+S2」方式の選択を許すことは、請求人らと同等の措置を採らなかった他の納税者との関係で、租税負担の実質的な公平を著しく害する結果になる」として、通達通り「「S1+S2」方式の選択による評価を許すことが「著しく不適当」と認められる特別の事情があることを挙げて、「したがって、請求人らが主張するMBO目的や資産運用目的は、上記特別の事情を否定する理由になるものではない。」としています。
税務署が更正で採用した純資産価額によるB社株式の評価については、結構あっさりと不合理な点はなく、時価を上回るものではない旨述べて妥当だと認めています。

亀山 亀山

B社のような、換金性の高い金融商品の塊の会社の株式評価にS1+S2方式を用いるのは合理性がなく、純資産価額による評価をするほかないのではないでしょうか。私は、仮にYら相続人が主張する目的があったとしても、相続時にそのような会社であれば、純資産価額方式による評価が妥当だと思っています。少なくとも通達を盾に、株式以外の金融資産が多額にある場合でもS1+S2方式を主張するのは苦しいと思います。通達以前に、相続税法22条は「時価」による評価を規定しており、「時価」の意義すなわち客観的交換価値に照らして考えるべきで、そのような会社に安易にS1+S2など純資産価額方式以外の評価は認められないリスクが高いと思いますよ。

山崎 山崎

次にYら相続人は、当初申告かつ修正申告後の?更正の請求で採用した(小会社の)併用方式の評価額19億円、そしてS1+S2方式の評価額23億円は、純資産価額方式による評価額35億円の半分以上だから、著しい乖離とはいえない。」旨の主張をします。これに対して審判所は、「純資産価額方式による本件(B社)株式の評価額は、本件相続開始日時点において約35億円と算定されているところ、...請求人(Y)らの本件各更正請求における併用方式による評価額は約19億円であるから、差額は約16億円であり、2分の1に及ぶ乖離はない。また、「S1+S2」方式による評価額との乖離についても、...約12億円であるから、やはり2分の1に及ぶ乖離はない。しかしながら、約16億円とか約12億円という乖離は、その金額自体において、請求人らと同等の措置を採らなかった他の納税者との関係において租税負担の実質的な公平を問題にすべき水準というべきである。」として、Yらの主張を退けています。

亀山 亀山

当然の判断でしょうね。10億円以上の開差を棚に上げて割合だけで主張すること自体おかしいです。そして、裁決では公平性を判断する比較の基準は「同等の措置を採らなかった他の納税者」に置くべきという考え方が示されていますね。それは租税回避を主たる動機・目的として行動しているYらを公平性の基準とするわけにはいかないでしょうから、当然だと思います。

山崎 山崎

審判所が示しているこの公平性の比較の基準は、このTACTフォーカスの第2回で検討した、令和4年4月19日判決の最高裁の判断に通じるところがありますね。「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」に当るか否かの判定の際に、公平かどうか・公平に反するかどうかについて比べるモデルを、「租税回避を主たる・強い動機とする行為をせず、又はすることのできない他の納税者」に置くという点ですが。

亀山 亀山

そうですね。仮に、裁判所や審判所が、公平性を比較するモデルを本件の被相続人Xと同様のことをしている人、一般的に言えば租税回避又は軽減を積極的に行っている者にすれば、租税法の究極の目的・基本理念と一般的に考えられている「負担の公平」に反するような評価通達の濫用を認める、エスカレートさせる方向、つまり、法が予定していないことを認めることになってしまいます。一方、本件のような相続税の課税価格を大きく減じる行為をせず、相続税を負担している納税者が多数派であることは公然の事実です。よって、こちらが公平の基準モデルになるのは必然だと思います。

おわりに

山崎 山崎

本件で税務署は調査・更正の過程でE監査法人にB社株式の価値の算定を依頼し、E監査法人が本件相続開始日におけるB社株式の価額を通達の純資産価額とほぼ同じ方法による評価により、総額35億5,028万1,728円 (1株当たり3,488円)と算定する報告書を受領しています。税務署は、その価額で否認しようとしたのでしょうか。

亀山 亀山

その価額で否認しようというのではなく、B社が増資後にその資金で取得した、様々な投資信託や外債などの評価額(市場価額)をその根拠とともに効率的に確認したかったのだと思います。また、金融商品の塊のようなB社の株式の評価について、民間の第三者的な立場にある専門業者の知見や考え方を、否認やその後の争訟に備えて予め取り入れようとしたのではないかと推察します。

山崎 山崎

なるほど。あくまでB社株式の相続税法上の評価を純資産価額で行うこと(方法自体)の合理性とその場合の各金融商品の参考値又は基礎数値をE監査法人に示してもらったのではないかということですね。

亀山 亀山

そうだと思います。E監査法人が算定した株価を直接的に(そのまま)更正の際の評価額として使おうとしたものではないと思います。

山崎 山崎

最後になりますが、他に本件から得られる教訓などがあれば教えてください。

亀山 亀山

この裁決は、判断論理を述べる過程で一部ちょっとズレてると思えるような個所が散見されるものの、結論は妥当であると思います。その判断の過程では、通達によらない評価を認める「特別な事情」、これは、去年の最高裁の判決後の現在では、「合理的な理由」というべきでしょうが、その有無の判定において、やはり納税者の一連の行為の経緯や目的が重視されていると思います。

山崎 山崎

同感です。

亀山 亀山

納税者が行う行為が、租税回避が主な動機・目的であるとなると、その納税者又はその行為は租税負担の公平を判断する納税者又は行為のモデルになることはできず、その様な行為をしない・できない納税者が租税負担のバランスを判断するモデルとなります。そのような人と比べられると、間違いなく不公平と判断され、これが通達によらない株式の評価を認める「合理的な理由」につながる、ということがいえると思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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