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非上場株式の相続税評価における"通達によらない評価"に関する裁決の検討 その3

2023.04.27

今回も前回に引き続き、相続又は遺贈により非上場株式株式を取得した個人が、財産評価基本通達(以下「通達」)に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、税務署がその株式の価額を通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、通達6項により相続税の更正処分等をした事案に係る国税不服審判所の裁決(関裁(諸)令第3号 令和3年8月27日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第3回の内容(【事件の概要】など)はこちら
第4回の内容(【本件の相続税対策の概要】など)はこちら

株特外しを中核とする本件の相続税対策の検証

山崎 山崎

今回は、被相続人XがB社の新株発行を引き受けることによる「多額の預金の株式化」、そして、それと同時に実現される「B社の株特外しを中核とする相続税対策」について詳しく見ていきましょう。
Xの相続開始2ヶ月前の平成25年8月に、B社が新株発行増資をしてXに36億円を払い込ませています。その払込価額は税理士法人Dが算定したものですが、その際の算定方法は時価純資産価額法を採用していますね。

亀山 亀山

裁決書の記述だけではB社の資産内容の詳細が分からないので推測ですが、これは増資前のB社の保有資産のほとんどが株式であったため、時価純資産価額法以外の評価方法を選ぶ余地がなかったと思われます。払込価額を時価純資産価額で決めたのは、要は、増資の払込価額は、税理士法人Dとしては株主間贈与が生じないことを第一に考え、積極的な事業活動をせず、'株式等の金融資産の塊'のような会社であるB社の株式の時価として、安全策として、純資産価額方式でそれを決め、とにかくXに金銭の払い込みをさせて預金を株式に転換し、それによってB社の資産を膨らませて株式保有特定会社(当時。現在は「株式等保有特定会社」に改称。以下「株特」)も外せればいいと考えたのでしょうね。

山崎 山崎

つまり、①この増資によって、預金に代わってXの相続財産となるB社株式の相続税評価額が問題となるけれども、②Xの預金のまま相続財産となるより、B社株式に置き換えることで、その相続税評価額がかなり下がればいいのだから払込価額はその点では重要ではなく、③増資後のB社株式の相続税評価額の問題については、B社の株特判定式の分母が増資によって払い込まれた金額分だけ増加し、その判定式の割合が下がって株特ではなく通常の評価会社になればいい、という判断ですね。

亀山 亀山

そうだろうと思います。

山崎 山崎

この増資の際のB社株式の価額が、先に述べたように時価純資産価額により1株3,537円で、そのわずか2ヶ月後に発生したXの相続に係る相続税申告においてYら相続人が評価したB社株式の価額は、増資を済ませて相続時にはB社は株特に当たらない通常の小会社であるとして1株1,853円としています。所轄税務署は、まず、この大きな価額差に注目しますよね。

亀山 亀山

そうですね。通達(ただし、189のなお書き...その変動はなかったものとして株特等を判定...は一旦棚上げ)を機械的に適用すると通常の小会社評価となるとしても、それを認めていいのか・・と考えるのは自然です。大雑把に言うと、増資時(直前)の時価と比べて時価が半減しているわけですから。通達通りの評価だとしてもそれってあり?ってなるでしょう。

山崎 山崎

ちなみに通達189の「なお」書きは、「評価会社が、株式等保有特定会社または土地保有特定会社に該当するどうかを判定する場合において、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社または土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行う。」旨の規定です。

亀山 亀山

被相続人は、その手許預金のうち36億円を新株発行による増資に応じてB社に一旦移転し、相続財産の形を預金からB社株式に変える、そして、それにより同時にB社は株特から外れるという狙いだったのでしょう。

山崎 山崎

なるほど。B社が行った増資については、189の(2)で株特の判定基準とされる「割合」が50%未満になったとしても、さらに、さっき触れた「なお書き」の適用を免れることも必要です。なお書きが適用されると、B社は株特に引き戻されて、預金を株式に転換した節税効果が大きく減じられますから。そのためには、その増資についてなお書きがいう「合理的な理由」があること、つまり、株特外しという相続税の節税以外のその会社の事業上の必要性・合理性が問われると思うのですが、この点はどのように思われますか。

亀山 亀山

本件では、B社が本件の増資に対応して「投資事業計画書」なるものを作成し、そこに上場会社A社のMBOの資金として10億円の流動性ある資産で運用...などと記載がありますが、そのMBO自体、増資の時点で不確かで抽象的であり、増資した36億円の説明として無理があります。B社は法人だから、MBOの(直接の)主体にはならないだろうし、なぜその時期(平成25年8月)にそれだけの金額が必要だったのか。また、MBO資金と称する10億円に対し、増資した金額は36億円で、それを大きく上回っています。その同じ時期に相続税を始めとするXの資産の移転に係る税務対策は差し迫った具体的な懸案であったことは明らかである一方、その増資資金に係るB社の事業計画に具体性・説得力がなく、増資の必要性、つまり資金需要が客観的に認められないことは大きな弱みといえます。

山崎 山崎

実際にB社が増資資金で取得した資産の大半が、証券投資信託、外国債、逓増保険といった換金性が高いもので、B社は通達189(2)の判定基準によれば株特には一応該当しない形にはなっているものの、換金性や流動性の高い金融資産に資産構成が大きく偏った会社となっています。これでは、相続が近いと客観的に見込まれるXの預金をB社に新株発行の引受という形でとりあえず移転して、B社株式に転換して相続財産の種類を変える、それによってB社の株特外しも実現しようとした...という急ごしらえの対応という印象がぬぐえません。

亀山 亀山

私もそう思います。C証券会社との相続税対策を中心とした相談の事実やその内容が調査で具体的に把握されており、その増資に至る経緯からしても、B社における具体的な資金需要に基づく増資ではなく、むしろ、預金の株式化と株特外しをセットで実現して相続財産の評価額を圧縮するための相続税対策としての増資です。株特外しは、預金の株式化の付随的効果といえますが、Xの預金の株式化を措いて、株特(外し)の問題として、その当否に焦点を当てて検討するとしても、B社が調達した36億円の資金の使途・資産構成の変動には、その合理性・必要性がないことが容易に認定されうるということだと思います。

山崎 山崎

本件のB社において通達189のなお書きの適用を受けないためには、借入にしろ、増資にしろ、その資金需要の具体的な合理性が必要だったということでしょうね。

亀山 亀山

その通りです。本件の相続人は、B社の新株発行によるXからの多額の資金の受入れ・使途について説得力のない主張・行為に終始しており、一連の行為によるB社の資産構成の変動について、国税不服審判所(以下「審判所」)も「本件法人(=B社)が株式等保有特定会社と判定されることを免れるために行われたものと認めるのが相当である。」と判断し、通達189のなお書きに該当する事情があるものとして、B社が株特に該当するものとしています。私も妥当な判断だと思います。

本件の相続税対策に対する審判所の判断

山崎 山崎

審判所は、まず、以上のとおり、相続時に189(2)の「割合」を下回るB社について、そのなお書きを適用して株特に該当するという判断をしました。B社が株特に該当する場合、通達189-3により、その株式の評価は純資産価額方式とS1+S2方式との選択になります。

亀山 亀山

実際に税務調査の途中で、Xら相続人はS1+S2方式で修正申告をしています(第3回「事件の概要」の12参照)。しかし、それに対して所轄税務署は、さらに通達6項を適用して、S1+S2方式の選択適用を認めず、純資産価額方式により評価して更正をしています(第3回「事件の概要」の15参照)。

山崎 山崎

課税当局により、189のなお書きによるS1+S2方式による評価(更正)にとどまらず、このような否認を受けうるということに留意しないといけませんね。

亀山 亀山

その通りです。所轄税務署による各処分はS1+S2方式の選択を許さない点で、通達(189、189-3)の定める評価方法によっていないことになります。そこで審判所は、通達によりS1+S2方式の選択を許すという通達による評価が著しく不適当と認められる"特別の事情"があるかどうかの検討に進んでいます。当時、特別の事情の有無は、従来から6項適用の当否の判断基準とされていました。

山崎 山崎

そうですね。この審判所の検討においては、特別の事情の有無の判定に関して次の4点が認定されています。
①本件増資および増資後のB社における資産(増資資金)運用の一連の行為は、(株特外しその他による)相続税の負担軽減が直接の主たる目的であると認められる。
②本件増資後~相続開始までの期間に、B社株式の客観的交換価値を急落させるような事情が生じた気配はない。
③B社の相続前直近の決算期における資産は合計50億401万1,171円であり、これに占める流動性の高い資産(現金及び預金、預け金及び投資その他の資産)は合計48億3,749万379円、その割合は約96.7%となっている。
④「S1+S2方式」による評価額(約23億円)は、純資産価額方式による評価額(約35億円)に比べて12億円の乖離がある(低い)。

亀山 亀山

①について補足すると、所轄税務署が収集し、審判所が①の認定において着目・採用した主な証拠は、次の通りです。
・反面調査などで把握したC証券会社のウェルスマネジメント部における相談内容ややりとり(メールを含む)の記録。
・増資資金により逓増保険に複数加入(筆者注:解約返戻金が少ないうちに孫に買い取らせることを計画)したこと。
・B社が、比準要素1の会社に該当し、純資産価額100%又は75%+類似業種比準価額25%による評価となることを避けるため、それまで行っていなかった配当を本件増資直後に実施していること。

山崎 山崎

つまり、審判所は、被相続人Xや相続人Yらによる本件の増資に係る一連の行為の動機・目的着目しています。この裁決は、令和4年4月19日判決における最高裁判決の前のものですが、その着目点と同じということですね。

亀山 亀山

その通りです。さらにその他の着目点としては、一般的な背景として、被相続人Xが高齢であること、多額の現預金を有していこと、B社が対策(本件の増資)前に株特に該当することなどが挙げられています。

山崎 山崎

そして、②と③を指摘・認定した箇所で、審判所は、「それにもかかわらず、本件株式を通達通りS1+S2方式により評価するときには、その価額は、1株2,263円で総額約23億円となるが、このようなS1+S2方式による評価額が本件相続開始日における本件株式の客観的交換価値を適正に示しているとみるのは、極めて困難なこといわざるを得ない。」としています。

亀山 亀山

通達によるS1+S2方式による評価額が、客観的交換価値、つまり、相続税法22条の時価とは到底いえない結果になっているということです。この①~④が、客観的交換価値の算定のためには、S1+S2方式ではダメで、純資産価額で評価すること、つまり、通達によらない評価を行うことが正当であると判断する根拠とされています。それは、令和4年4月19日の最高裁判決の内容とも重なるといえますね。

山崎 山崎

次に審判所は、通達6項を適用すべき「特別の事情」の有無の判定に関する認定に進んでいきますが、その検証については少々長くなりますので、次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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