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非上場株式の相続税評価における"通達によらない評価"に関する裁決の検討 その2

2023.01.31

今回も前回に引き続き、相続又は遺贈により非上場株式株式を取得した個人が、財産評価基本通達(以下「通達」)に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、税務署がその株式の価額を通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、通達6項により相続税の更正処分等をした事案に係る国税不服審判所の裁決(関裁(諸)令第3号 令和3年8月27日)について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

第3回の内容(【事件の概要】など)はこちら

最終的な更正に至るまでの経緯について

山崎 山崎

本題のB社株式の評価の在り方に入る前に指摘しておきたいのですが、本件は最終的な更正(第3回16参照)に至る経緯が異例の展開でした。税務調査の途中に、相続人・納税者側が2度も修正申告をしています(第3回11・12参照)。納税者が調査中に修正申告をすること自体は違法ではありませんが、通常は行わない対応です。

亀山 亀山

そうですね。調査中の1度目の修正申告(第3回11参照)はB社株式とは別の財産の申告漏れがあった財産を修正したものですが、2度目の修正申告も税務調査の途中に行われています。相続人は、当初申告において、新株発行の効果でB社が株式保有特定会社から外れたものとして、同株式の評価で併用方式を採用していました。しかし、税務調査が始まり、B社が、189のなお書きで株式保有特定会社に引き戻されて、併用方式が税務署に認められず、189-3のただし書きによるS1+S2方式による評価額とされるところでも終わらず、さらに進んで、通達6項により純資産価額による評価にまでいきそうな流れになったので、それをけん制するため2度目の修正申告(第3回12参照)をしたのではないかと推察します。

山崎 山崎

なるほど。納税者側はどのような狙いがあったのでしょうね。

亀山 亀山

はっきり言えば、税務署に純資産価額による評価を諦めさせ、S+2方式による評価額までで収めようとして、税務署側と合意のないまま2度目の修正申告を行ってS1+S2方式による評価額まで先に譲歩してみせたのではないか、ということです。税務署は2度の修正申告に対し、国税通則法の規定に則って調査中にその都度加算税を決定しなければならず、調査の中断や通常よりも手間のかかる対応を強いられただろうと思います。

山崎 山崎

しかも、その後、納税者は何を考えたか、S1+S2方式で修正申告をしているのに、これが税務署により純資産価額による否認(更正)がされると、この処分に対して当初申告と同様の併用方式による更正の請求を行っています(第3回14参照)。このような納税者の対応・行動について、税務署の調査官の心情はどのようなものでしょうか。

亀山 亀山

調査中の修正申告、それだけでも異例ですが、さらにその2度目の修正申告(最大の問題であるB社株式について併用方式による評価を撤回してS1+S2方式に変更)に対して『やっぱり併用方式で!』という逆戻りする更正の請求を行っていますよね。それは、国税通則法23条の規定からして違法ではありませんが、ここまで(しかも税務調査中に)振り回されると、調査担当者も人の子ですから、課税当局の怒りというか否認のエネルギーを増幅させるだけだと思いますけどね。

山崎 山崎

実際、税務署は、納税者に選択が認められることになっている189-3ただし書きのS1+S2方式による評価額でも「著しく不適当」(通達6項)と判断し、最終的には、純資産価額方式により評価して更正しています。しかも、国税通則法による調査終了手続(説明)が不完全なまま更正(第3回13参照)をしていたのではないかと思い至ったようで、その更正が手続違反で違法とされる可能性を考えて、慎重を期して純資産価額による更正をいったん取消し、改めて調査終了手続を経て取消し前と同様の、純資産価額による更正をしています(第3回16参照)。

亀山 亀山

税務署も納税者もお互い、ご苦労様といいたいところです。まあ、納税者は自分で起こした行動ですから労う必要はないのでしょうが、その抵抗はなかなか尋常ではないです。違法ではないとはいえ、ここまで抵抗をすると、審判官、そして現在進行中の裁判の裁判官の心証にも一定の影響はあるでしょうね。

本件の相続税対策の概略

山崎 山崎

本件は、多額の預金を保有していた被相続人Xに係る相続税の節税のため、相続人のリーダーであるYが、Xの生前にB社にXの多額の預金の大半を出資させて、多額の預金をB社株式に転換させた。これが基本です。それによってB社が形の上では株式保有特定会社に該当しないようにもしたうえで、Xが相続を迎えた。相続人が一般の評価会社の株式評価に適用される併用方式によりB社株式を評価して相続税を申告したところ、税務署が新株発行増資をしてXの預金の大半を受け入れたB社について、189のなお書きにより株式保有特定会社(株特)に該当するとした。つまり、B社株式を株特の株式としながら、さらに厳しく通達6項が適用されるべきだとして、株特の株式に通達189-3が選択を認めるS1+S2方式による評価額を認めず、純資産価額により評価(否認)した、というものです。

亀山 亀山

このXの相続に係る税務対策を企画し、また調査中の2度の修正申告や更正の請求さらには複数回の審査請求を主導したであろう相続人はYです。Yは、Xの多額の預金について、いかに税負担を少なくとして、最終的に相続人に移転するかに腐心していたと思います。Yは自ら証券会社の担当者に相談しつつ、まず、Xの多額の預金をB社にその新株発行をさせてB社に移転し、預金を非上場株式に転換しました。また、それによって、同時にB社の株特外しも果たしました。預金をB社株式に転化させ、かつ、そのB社株式について、通常の併用方式での評価を主張できる形を作り上げることを企画して実行しています。

山崎 山崎

本件の本質は、単なる「株特外し」ではないですよね。相続人のYらは、まず、多額の預金がそのまま相続財産となることを嫌った、そこで、それを預金より評価上相当に有利な価額としうるB社株式へ転換し、その一方でその転換により新たに相続財産として生じるB社株式が株特の株式に該当しないことも果たしていると考えるべきですね。

亀山 亀山

私もそう思います。税務署はB社の株特外しの否定から入っていますが、本件の本質というか全体図は株特外しよりもっと大きいのです。裁決の「原処分庁の主張」によると、Xが相続の直前にB社に預金36億円を出資し相続財産となって相続人らに取得されたB社株式は、最終的な更正処分(第3回16参照)の直後に、2回の譲渡(第3回19参照)のによってその株数の約90%がB社に@3,736円で議渡されています。つまり、被相続人Xの預金をいったんB社株式に置き換えてそれを相続財産とし、相続人らはその取得後短期間でB社に譲渡し、B社株式を再び金銭に還元して完結していることがわかります。その譲渡は租税特別措置法9条の7の特例を使った金庫株取引であり(第3回19参照)、相続人らは取得価額の引き継ぎもあり、おそらくほぼ税負担なく元々は被相続人の預金の大部分に相当する金額をB社から引き出しています。

山崎 山崎

B社は相続税対策のために使われたに過ぎないということでしょうね。

亀山 亀山

その通りです。預金のB社株式化とB社の株特外しだけでなく、相続後の金庫株取引までを含む全体をみると、相続人らはB社又はB社株式(新株発行分)を導管のように利用し、相続に係る財産移転の総合的な税務対策を行った、という見方ができると思います。その一連の対策に対し、課税当局は、預金のB社株式化自体の否定ではなく、それによる株特外しの否認を突破口にして、B社株式について通達6項による純資産価額評価を行って対抗した、ということです。

山崎 山崎

相続後の金庫株取引まで含めたスキームということですね。
さて、本事件では、課税当局は、B社は株特であると認定しながら、S1+S2による評価にとどまらず、通達6項により純資産価額による評価にまで至ることになるのですが、その理由・判断過程の検証については少々長くなりますので、次回で行いたいと思います。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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