被相続人が契約した修繕工事の着工が相続開始後になっても債務控除が認められた事例
1.はじめに
被相続人が施主となって倉庫の修繕契約をしたものの、着工は相続後に行われた場合、その費用が相続税の計算上、債務控除できるかどうかで争われた裁判がありました。福井地裁は着工が遅れた事情を汲んで債務控除を認める判決を言い渡しました(令和7年11月5日判決、確定)。
相続税の債務控除は、相続人が負担する「被相続人が亡くなった時点で現に存する債務で確実と認められるもの」と「葬式費用」とされています(相続税法13条)。この確実性については、税務署と見解の相違が生じがちです。この事案のポイントを見ていきます。
2. 事案の概要
判決によると、事実関係は、次のとおりです。
①平成30年8月、貸付倉庫等のオーナー(被相続人)は、賃借人である卸売業者から、その倉庫等の土間が約10㎝地盤沈下しているため修繕の相談を受けた。
②平成31年4月、オーナーは、相続人(原告)がとってくれた工事見積を基に施工業者と修繕工事について工期を同年4月20日から同年7月30日までとする請負契約を締結した。しかし賃借人から物流が少なくなる10月に着工してほしいとの意向が示された。
③同年5月、オーナーは、工期を同年10月1日から同年11月30日とする請負契約の変更をした。
④同年9月末(オーナーの死後)、施工業者は、修繕工事に着手した。
⑤同年10月下旬、施工業者は、床面積の半分程度まで注入したところで予定していたコンクリート全量を注入し終え、相続人(原告)に対し、未施工の範囲をどうするか確認したところ、工事を終了してよいとの了解を得たため、工事を終了した。同年11月、相続人は施工業者に修繕費用を支払った。
⑥令和2年6月、相続人は、相続税の計算上、修繕費用を債務控除して相続税の申告を行い、令和4年4月までに修正したが、修繕費用の債務控除はしていた。
⑦令和4年4月、所轄税務署は、修繕費用の債務控除を否認して相続税の増額更正、過少申告加算税の賦課を行った。その主な理由は、請負代金債務が原則として仕事完成時に確定した債権債務として計上されること、相続開始日時点では、修繕工事はいまだ着工もされておらず、また、請負契約によれば相続開始時点において被相続人・相続人である原告による解除や工事内容の変更が可能な状況にあったこと
⑧令和5年12月、相続人は最終的に裁判に訴えた。
相続人は次のように主張しました。「賃借人は、高さ数メートルに達する棚・ラックを設置し、商品の保管・搬出作業などはフォークリフト等で行われていた。しかし地盤沈下の影響で商品の転落による破損、従業員の生命の危険などの問題が発生した。これは賃貸人に修繕義務がある。また、工期の変更は、修繕義務の履行を請求している賃借人からの繁忙期を避けたいとの要望に応えたもので被相統人の要望での変更という要素はない。」
3.福井地裁の判断
争点は、「修繕費用にかかる債務が相続税法14条1項にいう確実と認められるものに当たるか」でした。
福井地裁はまず、債務控除の趣旨について「相続された債務の弁済に要する資金を課税対象外として相続人に留保させるため」と原則的な考え方を示す一方、「相続開始時点において債務が存在するか否かが不確実な場合や、債務が存在するとしても、履行されるか否かが不確実な場合は、相続人に弁済資金を留保する必要があるとはいえない」とも述べました。
そのうえで福井地裁は「債務の存在が確実であるとともにその履行が確実であることを要し、また、これらが確実であるかを判断するにあたっては、債務の形式のみならず、債務が生じるに至った経緯等についても考慮すべき」と判断の枠組みを明らかにしました。
そこで福井地裁は、次のような事実を指摘しました。
A賃貸目的物につき契約によって定められた使用収益ができない場合には、修繕義務があるといえる。
B地盤沈下により、商品保管上のリスクが生じており、安全な使用収益に支障を来す状態になっていたと認められ、被相続人は契約締結時、修繕義務を負っていた。
C被相続人は、当初の請負契約締結により同年5月には工事に着工できる状況にあった。
D施工時期が変更となったのは、賃借人の要望のためで、これがなければ修繕工事は、当初のとおり相続開始時前に施工を終えていたと考えられる。
以上から福井地裁は修繕工事が履行されることは、相続開始時点で確実であったとし、最終的に上記「債務は債務の存在及びその履行がいずれも確実であると認められる」から、税務署の追徴を取消す判決を言い渡したのです。
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