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TACTニュース
No.697

相続税法における同族会社の募集株式引受権(同法基本通達9-4)の取扱い

1 はじめに

表題の通達は、要旨「同族会社が新株の発行(その有する自己株式の処分を含む。) をする場合において、新株の引受権 (以下「募集株式引受権」) の全部又は一部が、それを申し込んだ同族会社の既存株主の親族等に与えられ、その親族等がその募集株式引受権に基づき新株を取得したときは、原則として、その親族等が、募集株式引受権をその既存株主から贈与によって取得したものとして取り扱うものとする。ただし、募集株式引受権が給与所得又は退職所得として所得税の課税対象となる場合を除くものとする。」としています。 この通達は、相続税法9条(いわゆるみなし贈与)に係る取り扱いの一つですが、これだけではピンときません。また、募集株式引受権の贈与があったとしても、その贈与された同引受権自体に贈与税を課すべき価値が生じていなければ、贈与税の課税には至りません。

2 募集株式引受権自体に価値が生じる場合

相続税法に限らず国税庁の各税法の通達には、個々に国税庁の担当者による「解説」があり、その通達の趣旨・背景が明らかにされ、通達による税務上の具体的な取り扱いについて補追をする場合もあります。
よって、個々の通達の趣旨を確実に理解するためには、その「解説」も併せて読む必要があり、この9-4は特にそれが必要と思われます。以下、その「解説」にも基づきこの通達の趣旨を整理していきます。 
会社が発行する新株を引き受ける者を募集する場合、①現在の株主にその有する株式の数に応じて株式の引き受ける割当てを受ける権利(募集株式引受権)を与えることもできる (この場合は、株主総会において募集株式の数や一株当たりの払込価額などの募集事項について決議をすることは不要) し、②その他の方法(株主に募集株式引受権を割り当てるとしてもその有する株式の数に応じない割合で割り当てる方法や、株主以外の者に同引受権を割り当てる方法等。これらの方法は株主総会で募集事項を決議することが必要ですが、一定の項目を除き、株主総会の決議により取締役や取締役会に委任することもできる。) で同引受権を与えることもできます (会社法199、200、201、202条) 。

同族会社が新株発行(募集株式引受権の割当て)を②の方法で行う場合は、株主総会の決議を得ることは容易でしょうし、その手続きを経ないまま新株が発行されても、不利益を受ける株主が差し止め請求(同法210条)をすることも稀だと思われます。その場合の端的な例として、個人Aが100%株主である会社で、現在株主ではないAの子供Bに同引受権を割り当てることが考えられますが、それだけでは、この通達により贈与税の課税すなわち(既存の)株主から価値の移転は生じません。それが生じる場合は、そのことに加え、その新株発行時の株式の価額(時価)より、新株(募集株式)の払込価額が低い場合です。例えば、会社の時価による純資産の価額(1株当たり)が1000円の時、新株1株の払込価額を200円という低い(有利な)価額にして、発行済株式を倍にする増資をすると、その株式の価額は、1200÷2=600円となります。その新株に係る引受権をBが得れば、Bは200円で600円の価値の株式を取得できる権利を有することになり、(払込により株式を取得する時を待たずに、)同引受権の取得により既存の株主である親Aから差引400円の利益の移転を受ける権利を得たことになります。この通達は、そのような利益を生み出す同引受権を無償で得たことを贈与があったとして取り扱うという趣旨です。この通達は、純資産価額方式が適用されるべき会社の新株発行(同引受権の割当て)において、上記のような利益移転があったとして課税当局が贈与税を課した実際の事件があって、それが裁判で争われ、その課税処分を認める判決が出たことに基づき公表されたものです。

3 終わりに

9-4の取扱いは、新株発行をする会社が同族会社で、かつ、新株発行前の既存の株主とその引受権の割当てを受ける者が親族等の関係にある場合に限られています。ただ、新株発行自体は会社の行為として行われるものですから、上記下線部の場合でも、その割当てを受ける者がその同族会社の従業員や役員であり、有利な価額での引受権の取得が従業員等の地位に基づいて行われたと認められる場合は、その経済的利益については所得税の課税対象(会社からの給与所得や退職所得)とすべきですから、その場合は贈与税の課税は行わないこともこの通達は明らかにしています。同族会社の新株発行、特に、上記の例のように純資産価額方式が適用される株式の場合は、有利発行の影響がより出やすいのでこの通達に一層注意を払う必要があります。

[ 亀山 孝之 ]

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