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令4.4.19最高裁判決から読み解く、通達6項の適用対象となるケースとは

2022.11.23

今回は、前回に引き続き相続税の財産評価基本通達6項(以下「通達6項」)による否認事案の令和4年4月19日の最高裁判決について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。

最高裁判決の論理とは

山崎 山崎

前回は今年の4月19日の最高裁判決の意義について検討しましたが、今回はこの最高裁判決の内容を踏まえ、国税側の対応として通達6項の適用、すなわち、評価通達による評価額に対して、同通達によらない価額を算定して相法22条の時価だとして否認してくるケースとして想定されるものという点について、考えていきたいと思います。

亀山 亀山

なかなか難しいテーマですが、通達6項の適用となるケースについて、一番わかりやすい例は、本件のように「相続の発生を見込んで、多額の借り入れにより不動産を取得して、不動産の路線価等による評価額とその借入金(額面評価)により、差引マイナスを作り出し、それを使って全体の課税価格を大きく圧縮し、基礎控除によって相続税がゼロになるような対策を実行したケース」でしょうね。これはまさに本件と同じですから、確実に通達6項の適用対象となると思います。本件と類似性が高いものも同様です。

山崎 山崎

確かにそうですね。本件のような「借り入れによる不動産購入」で作り出された課税価格計算上のマイナスを利用して相続税をゼロにする対策は、評価通達による評価のフィールドから一発レッドカードで退場になるということが明確になりました。

亀山 亀山

ただ、今回の最高裁判決の論理からして、相続税がゼロにならない場合でも、相続財産の課税価格の計算上大きなマイナスを作り出して相続税額を大きく圧縮している場合は、本件と類似性が高く通達6項の適用のリスクはかなり残ると思います。

山崎 山崎

なるほど。ではその「最高裁判決の論理」について、第1回でも触れていますが、もう一度整理していきましょう。

亀山 亀山

わかりました。最高裁判決ではまず、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、つまり、租税法の執行において、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求している、と述べています。

山崎 山崎

そうですね。裁判官は、まず、本件の更正処分でほぼ借金で買った各不動産の時価とされた不動産の鑑定価額について、客観的な交換価値としての時価と認められる以上、それが通達評価額を上回るからといって、通達は法的効果をもつものではないから、相続税法22条に違反しない、といっています。その一方で、租税法の法源として「平等原則」を挙げて、それを重視・尊重すべきことも述べています。

亀山 亀山

その通りです。そして、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、平等原則に違反するものとして違法となるとしています。これは、逆に言うと、合理的な理由があれば、課税庁が通達6項により評価通達に定める方法によらない評価額(本件では不動産の鑑定評価額)を時価として採用することは、それが相続税法22条の「時価」を上回らなければ、平等原則に反するものではなく適法だということです。

山崎 山崎

この「合理的な理由」については、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、「通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」には、合理的な理由があるとしていますね。

亀山 亀山

そうですね。ただ、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きな乖離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。」としています。これは、その「大きな乖離」だけでは路線価等によらない評価をすることは、それが時価又はそれ以下だとしても違法だ、といっていると解されます。それは、特に不動産については外にも相当の乖離が生じていることが一般的であり、その点だけであればそれはあらかじめ予定され、認められているので、平等原則からしてそれだけでは「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある」とはいえないからでしよう。

山崎 山崎

第1回で詳しく説明した通り、本件はさきほどの「事情」があるので、平等原則を外す「合理的な理由」があり、よって「評価通達に定める方法によらない評価額(不動産の鑑定評価額)を採用することは適法」という結論になっています。通達6項は法源ではないので、判決はその適用基準として示していませんが、「合理的な理由」があることが通達6項の適用基準だと解釈できますね。

亀山 亀山

そういうことだと思います。判決の論理について補足すると、通達はもともと法令ではないところ、全納税者の全ての土地・建物等について、機械的・画一的に(無条件で)路線価や固定資産税評価額による評価、すなわち、通達評価を認めるのは、平等原則の求めるところではないということです。なぜなら、平等原則は、もともと実質的な租税負担の公平のためのものであり、それは平等原則より上位の法理といえるので、それを破壊する結果になるような平等原則の貫徹・墨守は意味がない・本末転倒ということですね。

評価通達によらない評価が適法とされるケースとは

山崎 山崎

今回の最高裁判決の論理で、通達6項を適用した否認、すなわち通達によらない評価が適法とされるケースとして、この事件のケースの外に具体的にはどのような事例が考えられるでしょうか。

亀山 亀山

その様な具体的な「事例」を考え付くのは難しいですが、ポイントと思われるところを二人で挙げていきましょうか。

山崎 山崎

わかりました。まず着眼すべきは、相続財産又は債務に評価通達を機械的に適用することで、相続税の負担が著しく軽減される結果になっていることですね。

亀山 亀山

そう思います。これに関して私が注目したのは、本件は2棟の賃貸建物とその土地を取得していて、そのうちの一棟を相続後ほどなく鑑定価額に近い価額を対価に譲渡して現金化し、もう一棟は所有し続けています。それでも、2棟について、つまり売却していない1棟も含めて課税当局は通達6項により鑑定評価により否認しています。最高裁でもこの点は全く問題にしていません。

山崎 山崎

つまり「相続後に譲渡しなければ、現金化しなければいい」、ということではないということですね。もちろん相続後に譲渡すると、自分で時価を証明し、通達評価が低すぎることを自ら明らかにするようなもので、否認してくださいと言っているようなものなのでダメですけど。譲渡しようがしまいが否認はありうる、ということですね。

亀山 亀山

さらに、自己資金を一部使っているからといって、否認をされないわけではありません。他に借入金が多く、評価通達による評価で相続税の課税価格の計算上マイナスが生じているなら本件と同じであり、否認リスクはあるといえます。

山崎 山崎

あと、「どれくらいの相続税の軽減になると否認されるかについて教えてほしい。」という質問も受けるのですが、この点についてはどうですか。

亀山 亀山

この点については、具体的な金額を示すことはできませんね。数百万程度の相続税の軽減、つまり、絶対額が低くても、軽減前の税額に対する軽減額の割合が高ければ「看過し難い」として否認される可能性はあると思います。また、多額の借入れによる不動産の取得によって相続税額がゼロにした本件に対して、ある程度の相続税が生じる場合であれば否認されないということではないでしょう。

山崎 山崎

たしかに今回の最高裁判決で、その判示の縛り、つまり、合理的理由がなければならない、という条件はあるものの、課税当局としては、法令ではない通達6項適用による評価の否認が法理論的に認められる場合があることにお墨付きをもらいました。従来の裁判例で示されてきた「特別な事情」というあやふやな基準のときより自信を持って節税スキームへの対応をしてくるでしょね。

亀山 亀山

そうですね。また、同様のスキームによって財産額(課税価格)の軽減・税負担の軽減の割合が低くても、その軽減額自体が大きければ当然否認されるはずです。

山崎 山崎

同感です。

「他の納税者との間の看過し難い不均衡」とは

亀山 亀山

判決では、「本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき」としています。このことから、他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせることが、実質的な租税負担の公平に反することの少なくとも十分条件であることがわかりますが、私は、他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせることが、実質的な租税負担の公平に反することの定義だと理解していいと思います。

山崎 山崎

これは整理すると、他の納税者との間に看過し難い不均衡が生じている⇒実質的な租税負担の公平に反する⇒平等原則を貫徹しない合理的な理由あり、ということですね。

亀山 亀山

その通りです。この判断論理を遡れば、同様な行為をしていない他の納税者の租税負担に対して「看過し難い不均衡」になっていることにたどり着きます。不均衡が「看過し難い」レベルであることが「合理的な理由」のために必要です。

山崎 山崎

そうすると、何をもって「看過し難い」とみるか、ということが重要になります。最高裁は本件において、「不均衡」が「看過し難い」レベルという判断に至ったのは、どのような点からでしょうか。

亀山 亀山

「看過し難い」というためには、問題となる結果、これは借入額等に見合う財産を取得しているのに、課税価格の計算上大きなマイナスが生み出され、相続税が大きく減じられているということです。それに係る納税者の行為とその意図・目的についての事実認定が大きいと思います。本件では相続が近く見込まれる状況下で行った多額の借入による不動産の取得というその結果を生み出す行為について、「被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのである」と認定しています。その認定は、通達評価が機械的に適用されることを前提に、納税者が、いわば「やったもん勝ち」とばかりに、租税回避の明確な意図に基づいてその行為が行われていることを認定しているといえます。

山崎 山崎

その「不均衡」が、納税者側のそのような明確な意図に基づく行為によって生じている場合は「看過し難い」ということになると思います。その場合は、通達をいわば濫用的に利用というか主張して納税者本人も、その行為で課税価格を大きく減じて得をしていることは十分自覚しています。その点から、否認は不意打ちともいえないですし。

亀山 亀山

要するに、租税特別措置や各種控除などの法令に基づく優遇的な措置は「やったもん勝ち」でいいのですが、通達は、法令ではないので、その通りやった者をいつでも保護するものではなく、執行上の平等原則に支えられています。通達の画一的適用は、執行上の平等原則に形としては沿うものですが、それによって、かえって法令が予定・目指していない、むしろそれに反する結果が生みだされている、つまり、実質的に租税負担の公平に反するケースは、法令に立ち返って、本件でいえば、相続税法22条、時価の基本的意義に立ち返って評価通達のいわばスキについて「やったもん勝ち」にさせず、租税負担の公平を図るという基本があるのだと思います。

山崎 山崎

その「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」に当るか否かの判定の際には、公平かどうか・公平に反するかどうかについて比べるモデルが必要になります。そのモデルとなるのが、判決でいうところの「本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者」ということですね。

亀山 亀山

その通りです。判決では公平性を比較するモデルをそのような納税者にする理由を示してはいませんが、最高裁が、比較モデルを、本件の被相続人と同様のことをしている人にするはずがありません。仮にそうすれば、租税法の究極の目的・基本理念と一般的に考えられている「負担の公平」に反するような評価通達の濫用を認める、エスカレートさせる方向になってしまいますから。一方、「本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者」、すなわち本件のように、借入れ(額面評価される債務)と不動産の取得(路線価等で評価)の両建てによって作り出されるマイナス差額で相続財産全体の課税価格を大きく減じる行為をせず相続税を負担している納税者が多数派であることは公然の事実です。よって、必然的にこちらが公平の基準モデルということになります。

山崎 山崎

本件のように評価通達のスキというか評価法の違いを突くような租税回避行為に対して、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」の判定、いいかえると通達6項の当否判定には、今後も評価通達のスキを突くような問題の行為をしていない人との公平性、看過し難い不均衡が生じているかをみて判断されるのでしょうか。

亀山 亀山

そうでしょうね。最高裁は、本件で、納税者の不動産の購入とそのための借入に評価通達の画一的な適用を認めた場合、他の納税者と「看過し難い不均衡」が生じることを認定しました。今後、評価通達の画一的適用を利用した他の租税回避事案又は行為でも、同様に「看過し難い不均衡」の有無が焦点になり、「他の納税者」のモデルは、本件と同様に、その租税回避を生み出す行為をしていない納税者ということになるでしょう。

亀山孝之税理士の略歴

昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。

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