第1回
財産評価基本通達6項を巡る最高裁判決の意義
今回は、相続した賃貸不動産の評価額につき、財産評価基本通達(以下「通達」)に定める路線価等による通常の評価で申告したところ、通達6項により、通達による評価を認めず、鑑定評価額を採用して税務署が更正処分等をしたことが違法かどうかで争われた裁判の最高裁判決(令和4年4月19日)の意義について、弊社情報企画部部長・税理士の山崎信義が、国税局OBで、国税局で租税回避事案の税務調査や訴訟を担当した経歴を持つ税理士の亀山孝之さん(弊社OB)と検討していきます(文責:税理士法人タクトコンサルティング)。
事件の概要
まず事件の概要について、亀山さんがタクトコンサルティング在職時に寄稿された原稿(TACTニュースNo.752)を基に事実関係を確認していきましょう。
- 平成24年6月に94歳で死亡したXは、平成20年にR銀行に経営財務診断を申し込み、その際に相続に伴う遺産分割や相続税が心配であると伝え、診断結果の報告で借入金により不動産を取得した場合の相続税の試算や課税価格の圧縮効果の説明を受けた。
- 平成21年1月末、XはR銀行から6億3,000万円を借り、それに親族からの借入金や自己資金を加え8億3,700万円の賃貸不動産(「甲不動産」)を取得し、同年12月にも同様にR銀行からの借入れで大半の資金を調達し5億5,000万円の別の賃貸不動産(「乙不動産」)を取得した。
- Xの死亡後の遺産分割協議により、相続人K(Xの孫養子)が甲・乙不動産を取得し、Xの約10億円の債務全部(その大部分が甲・乙不動産の取得に係るもの)を承継した。
- Kは平成25年3月に乙不動産を総額5億1,500万円譲渡し、相続から9か月足らずで乙不動産は現金化されその借入金は返済されてなくなった。
- 相続人は、通達に従って甲・乙不動産を評価し、相続税額をゼロとする申告を行ったところ、所轄税務署は、平成28年4月に通達評価額より大幅に高い鑑定評価額を甲・乙不動産のあるべき価額(時価)として、相続税の課税価格と税額を再計算し、更正処分を行った。
この更正処分の根拠としたのが通達6項の「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」という規定で、甲・乙不動産を通達通り評価することは「著しく不適当」なので通達の定めにない鑑定評価額で評価した、ということです。取得した甲・乙不動産の購入価格(購入に伴う借入額)、売却価格、通達評価額及び鑑定評価額は次の通りです。
[不動産の購入価格(購入に伴う借入額)、売却価格、通達評価額及び鑑定評価額]
甲不動産 | 乙不動産 | |
---|---|---|
購入価格(購入に伴う借入額) | 8億3,700万円(6億3,000万円) | 5億5,000万円(4億2,500万円) |
売却価格 | 売却せず | 5億1,500万円 |
通達評価額(=申告した財産の価額) | 約2億0,004万円 | 約1億3,366万円 |
鑑定評価額 | 7億5,400万円 | 5億1,900万円 |
この甲・乙不動産の相続税法上の価額(時価)を、通達6項により、通達に定める路線価等による通常の評価額ではなく、鑑定評価額として税務署が更正処分等をしたことが違法かどうかで争われた裁判で、一審、二審とも、納税者が甲・乙不動産を通達により評価して申告していることについて、租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるとして通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価することが許される特別の事情があるとして、国税当局の鑑定評価額による相続税の増額更正処分等を適法と認めました。納税者の上告を受けた最高裁が令和4年3月15日に弁論を再開したため、納税者敗訴の判断が覆るのではないか・・との期待もにわかにふくらみ注目が集まりました。しかし、 結局、結論は変わらず、納税者敗訴となった東京高裁の判断が支持され、納税者の敗訴が確定しました。
最高裁が弁論再開をした理由
今回の事件では、相続後売却していない甲不動産の評価も合わせて否認され、判決では、最高裁も一、二審の国税勝訴の判断を是認し、相続人側の敗訴が確定しました。最高裁が原審是認の判決をするのに、わざわざ弁論を再開したうえでそうすること自体、珍しいというか、不思議なのですが、その理由は何でしょうか。
そうですよね。結論が変わらないなら、弁論再開するなよ、ぬか喜びする人、ぬか悲しみする人も出てきて、人騒がせな...とは思います。
ただ、通達6項はそもそも法令でなく、明確な・具体的な適用基準が定められてもいません。通達に縛られない最高裁としては、あくまで相続税法22条の問題の解釈適用の問題です。最高裁は、課税庁が原則として通達に従って画一的に評価を行っていることを前提に、通達以外の評価を認める場合の判断論理を整理して示したかったということだと思います。その点で、それを示すために今回弁論再開した(そして判決を出した)ということでしょう。今回のことに限らず、高裁までの判断の枠組みが法律論、法令解釈として不十分だと思うときは、最高裁はたとえ原審の結論維持でも弁論再開して自らがそれを補正したり示したりするということは今後もあるのではないでしょうか。
そういうことであれば、確かに実務家にとってはいいことだとは思いますね。その事件の当事者・税理士でなければですが...。
6項適用の判断基準とは
今回の最高裁判決が示した6項適用の判断基準とは、どのようなものだと思われますか。
最高裁にとっては、通達自体は法令・法源(裁判で判断基準となりうるもの)ではないので、6項の適用基準という形の判示は一切ありません。先程述べたように、あくまで22条の問題として判断を示しています。ただ、通達による評価の実務が定着し、それを「公知の事実」と認めたうえで、通達以外の評価が適法となる・ならないについて、判断の大枠というべき基準や着目点を判示しています。「通達以外の評価」は6項を適用することですから、それらを6項による時価評価の当否の基準や類似ケースの着目点とすることができると思います。
なるほど。相続税法22条の解釈を行うことで、実質的に通達6項の適用基準を示した、と考えられるということですね。あと、一審や二審と比較して、今回の最高裁判決で注目すべきはどのような点でしょうか。
最高裁は、平等原則という憲法14条(法の下の平等)に基づく租税法の執行上の一般原則に照らし合わせながら、財産評価のルールを定める相続税法22条の解釈をしています。22条の解釈に当たって、平等原則に反しないようにしなければならないことを明確に打ち出しているところが、一審・二審と顕著に違うところだと私は思っています。
最高裁は、22条だけでなく「租税法上の一般原則としての平等原則」を挙げて、それに反しない22条の解釈・適用の在り方を示そうとしていると私は理解しています。
調査の実務では、というか、国税の調査官や税理士は、6項の適用基準という整理をしたがりますが、最高裁が示した22条の解釈・適用の在り方をもって6項の適用基準と考えるべきなので、(執行上の)平等原則に反していないなら、6項による〈路線価等以外の、すなわち通達以外の評価〉は(それが時価であることが当然の前提ですが、)22条に反しない適法な評価だということを示しているということでしょうか。
そうです。国税当局が6項を理由に、特定の納税者の特定の財産をいわば狙い撃ちにして、路線価・固定資産税評価によらず、鑑定価額などを22条の「財産の価額」として否認した従来の事案に対する過去の判決-この事件の地裁・高裁判決もそうですが-では「(実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな)特別の事情(がある)」という論理を使っていて、いつの間にか「特別の事情」という概念が実務家に定着していますが、実質的な租税負担の公平を著しく害することを「特別の事情」だ、としていることはわかりますが、なぜ、それが通常の通達評価の否定に繋がるのかその法的根拠が分かりにくいきらいがあります。
確かに「特別の事情」といっても、何が特別なのか、6項にもない言葉ですし、実質的な租税負担の公平を著しく害すること以外に「特別」はないのか、そのことを「特別」という理由もよくわからないし、そのことが通達評価の否定の理由となる法的根拠は?といわれるとちょっと詰まってしまいます。仮に「特別」説によるとしても、通常の時価-本件では鑑定価額ですが-と通達評価額の差額が顕著なら特別なのか、租税回避の意図が必要なのか...等もはっきりしないですね。
最高裁は、「特別の事情」という言葉を一切使っていないことに留意すべきだと思いますよ。相続財産として取得した不動産に、他のほとんどの場合と違って路線価等による評価すなわち通達による評価をせず、時価としての合理性がある別の評価を行うことは、執行上の不平等な取扱いになりますが、最高裁は、その取扱いに「合理的な理由」、合理的な必要性と言い換えてもいいと思いますが、それがあれば、租税法の一般原則である平等原則に反せず、22条の規定にも合致するから通達によらないその評価額は適法なものという考え方を示しています。
最高裁は「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる」と述べています。「合理的な理由」について、十分条件のような形で「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合」を挙げていて、従来の「特別の事情」で、同じくその十分条件のように言及されている事情とほとんど代わり映えしない気がしますが。
確かに同じですよね。だから、最高裁の結論は原審と変わらなかったわけです。ただ、本件のパターン以外の場合にも6項を根拠にした否認はありうるので、通達による評価以外の評価の可否の判定の汎用的な基準として、最高裁は「特別」性ではなく、通達以外の評価を制限する意味合いを持つ平等原則を挙げたうえで、平等原則の適用を停止するだけの「合理」性の有無で判断するべきことを示したかったのだろうと思います。
「合理的な理由」とは
通達以外の評価の当否について、租税法の執行における平等原則を適用除外とする「合理」性の有無を基準として打ち出したのが今回の最高裁判決ということですが、この「合理的な理由」とはどのようなものでしょうか。
それについては、今回の判決の内容を改めて確認しましょう。
最高裁は、まず、22条について「...相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。そうであるところ、本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。」としています。鑑定価額が客観的な交換価値としての時価と認められる場合、通達評価額を上回っていても、相続税法22条には違反しない、つまりは適法といっています。
そしてその次に、22条に並べるように平等原則を持ち出しています。すなわち「他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するもの」だといっていますよね。平等原則は憲法14条に由来し、租税法の法源の1つです。平等原則に反しないように22条が適用されなければ、それは違法な22条の執行になるという基本的考え方を示していると理解できます。平等原則を相続税法の相続財産の評価にあてはめると、同じ財産(例えば不動産)を取得した者は、等しく同様の評価法(不動産なら路線価や固定資産税評価額で評価すること)を適用するという取り扱いをするべきということになります。
その点について最高裁は、「課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべき」と続けていて、「合理的な理由」が出てくるのはこの箇所です。
これは、裏返せば、合理的な理由があれば通達の評価方法(他者と同じ評価方法)を適用しなくても、平等原則に違反しない」ということです。以上により、鑑定価額が平等原則に基づく通達による評価額を上回っていても、それが客観的な交換価値(時価)と認められ、平等原則を適用除外とする合理的な理由があれば、鑑定価額を財産の価額とすることは相続税法22条には違反せず平等原則にも抵触しないというという解釈が相当だ、といっているわけです。
そして、「合理的な理由」について「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる」としています。これは、平等原則のそもそもの趣旨、つまり、公平な課税ということからおのずと導き出されるその適用除外の要件だと思います。
本件は、評価通達を機械的に適用し通達評価額から借入金を控除して相続税計算上多額のマイナスを作り出し、相続税額をゼロにしているのですが、その状態・結果について、実質的な租税負担の公平に反していると最高裁は判断しています。この結論は原審と同じですが、そのことが平等原則の適用除外にヒットするということで、まさにそのことが本件に通達評価をしないことが違法ではない法的根拠だと思います。
最高裁による「合理的な理由」の認定における着目点
今回の事件について、最高裁が合理的な理由の有無についてのどのような点に着目しているか吟味する必要があると思います。
そうですね。最高裁が着目し認定したことは次のとおりです。
①多額の借入による不動産の取得をし、それらに通達評価を行うことにより、相続税の負担は著しく軽減される効果が生じている。これは結果です。
②銀行による経営財務診断等を通じ①の効果を知り、かつ、これを期待して、あえて本件借入れ・購入を企画して実行している。また、被相続人は高齢であり、近い将来相続が発生する可能性が高いといえる状況にあった。これは、①の結果を生じさせる納税者自身の能動的な行為の存在と、その行為に至る経緯や当事者の意図の認定です。
③本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と比較して「看過し難い不均衡を生じさせ」る。不均衡が「看過し難い」レベルだ、ということです。
以上の3点により、"実質的な租税負担の公平に反する"というべき事情がある、つまり平等原則を適用除外とする「合理的な理由」があるとしています。
②については、被相続人が高齢で、近い将来相続が発生する可能性が高いということは、相続の時期は不確定でも、借入による不動産取得をすればその不動産の通達評価による課税価格に対するネットのマイナス効果がかなり残ることが確実であることを意味します。これは重要だと思います。判決でも①~③のうち①の結果だけでなく②にもわざわざ言及しているということから、問題の行為の存在とその結果に係る当事者の意図・認識を重視しているとみるべきでしょうね。
その通りです。②は、通達評価が否認されることについての納税者の予測可能性にも関係します。そして、③の認定、すなわち他の納税者との「不均衡」が「看過し難い」とまでいえるかにも影響することですよね。①の「租税負担の著しい軽減」は③の「不均衡」とも重なりますが、「"実質的な租税負担の公平に反する"というべき事情がある」(合理的な理由)の認定に関し②は重要だと思います。
確かに②にも着目しないと、例えばまだまだ十分に若い人、すなわち近い将来に相続が発生する可能性がずっと低い人が、急ごしらえの相続税対策としてではなく、新規の不動産投資のために借り入れをして新物件を取得し、投資収益で計画的にその返済をしていた矢先、突然の事故死などをした場合でも、本件のような否認がありうることになりますよね。さすがにそれは行き過ぎだと思います。
そうですね。山崎さんのおっしゃるような場合も、行為自体とその結果は本件と同じであり、そのような行為をせず、又はすることかができない人と不均衡にはなりますが、突然死が起きたことにより結果的に生じた、つまり自らが意図して作り出したのではない不均衡であり、「看過し難い」とまではいえないと思います。
本件のように、相続税の課税標準を、評価通達とそのルールを逆手にとって大きくゆがませて、相続税でトクをしようとして、一連の行使を実行した人は、それを認識・自覚しています。そのような人に平等原則を理由に通達による評価を認めれば、租税負担の公平のための租税法の一般原則である平等原則にとって本末転倒ですよ。そのような本末転倒の「不均衡」を生み出す行為が納税者サイドで行われている場合は、平等原則、本件では画一的な通達評価ということですが、それを適用しない「合理的な理由」ありとされるのだと思います。
それが意図せず結果的に生じた「不均衡」であれば、それは「看過し難い」とまではいえず、逆に意図され、その意図に基づき作り出された「不均衡」なら、「看過し難い」ということだと思います。要するに「不均衡」だけでは足りず、それが「看過し難い」レベルであることも必要だということですね。
私もそう思います。あと、最高裁判決ではそこまで踏み込んでいませんが、もう長くはないと客観的に見込まれる高齢者であれば、意思能力がある人が前提ですが、本件のような行為をするなら、その税効果を相当程度認識し、意図・期待しているはずですから、借入による賃貸不動産の取得後、相続が発生した場合、その行為に事業目的が認められるとしても、今回の事件と同様な否認がされるものと考えます。
亀山孝之税理士の略歴
昭和58年早稲田大学商学部卒業、昭和58年東京国税局に採用。主に東京国税局調査部において、大企業の法人税等の調査や外国法人課税等の国際課税に係る事案の調査や大型の租税回避事件の訴訟事務を担当 (平成15年から国際税務専門官)。平成19年東京国税局辞職、同年タクトコンサルティング入社。税理士登録。令和2年より亀山税理士事務所所長。
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