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No.871

事例解説:船舶の時価論争と不動産評価実務への示唆(1)

1.はじめに

今般、筆者は、取引相場のない株式の贈与に関して、その贈与税の算定基礎となった船舶の評価の妥当性を巡る裁判に納税者(原告)の補佐人税理士として関与しました(2020年10月1日 東京地裁 課税処分全部取消 確定)。なお、筆者は、原告代理人弁護士とともに税務調査の立会から本件に関与してきましたが、本判決に至るまで実に10年近くもの期間を要しました。
本裁判の争点は多岐にわたりますが、本件は不動産の評価実務にも参考になると思われる論点がありますので、以下、本稿から2回に分けて、本裁判の概要とともに解説します。

2.本裁判の概要

本裁判は、リーマンショック後の2009年に、原告が母からA社株式の贈与を受けたものの、本件株式の価額は0円で贈与税はかからないと判断し、法定申告期限までに贈与税の申告書を提出しなかったところ、課税庁は、A社の100%外国子会社が所有する船舶数十隻の価額を適正に評価すると、原告が贈与を受けた株式の価額は約43億円となり、納付すべき贈与税約21億円の決定処分とこれに伴う無申告加算税約4億円の賦課決定処分をしたことで(なお、本裁判の前段階における審判所の裁決で当該課税処分はその一部が取り消され、納付すべき贈与税は約4.5億円となっています)、その取消しを求めていた事件ですが、裁判所は、原告の主張を認めて課税処分の全部を取り消す判決を下しました。

3.論点(項目)

本裁判の争点で不動産の評価実務にも参考になると思われる論点は、「課税庁の評価通達の運用スタンス」と「収益還元法の適格性」の2点です。

4.課税庁の評価通達の運用スタンス

(1)船舶の評価

評価通達136では、船舶の価額は「原則として、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価する」と規定されています。なお、参酌とは、各指標を比較してその長所を取り入れるという意味です。

(2)課税庁の運用スタンス

課税庁は、税務調査の段階から、「課税庁が本通達に従って船舶を評価する場合には(課税庁が依頼取得した船舶の鑑定価額をもって評価する場合には)、納税者が依頼取得した船舶の鑑定価額は、その合理性如何に関わらず参酌する必要がない」といった態度に出てきました。
その論拠として、課税庁(被告)は、本裁判で別事件(固定資産評価基準の運用を巡る争い)の最高裁判決(2013年7月12日)を引用した上で、「当該財産が評価通達に従って評価された場合、その価額は、当該評価方式によっては適正な時価を算定することのできない「特別な事情」が存しない限り、当該財産の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るものではないと推認される」と述べ、「被告が評価通達に従って評価した本件船舶の時価は合理的であり、また原告が依頼取得した船舶の鑑定価額の存在は上記の特別な事情に当たるものではないから、被告の評価額が本件船舶の適正な時価を上回るものではないと推認されることには何ら影響を及ぼさない」と主張しました。このような主張は、不動産の評価に際して、納税者が依頼取得した不動産の鑑定価額で評価した価額(路線価に基づかない申告)を課税庁が否認する場合の論法と似ています。

(3)納税者(原告)の反論

上記の主張に対し、原告は、被告が引用した最高裁判決の固定資産評価基準の運用に関する判断枠組みが評価通達にもそのまま妥当するか否かは大いに議論の余地があると考えましたが、その点を主軸に反論を展開すると不毛な議論を招きかねないと判断して、端的に「被告の判断枠組みに従ったとしても、被告の依頼取得した船舶の鑑定は極めて合理性を欠くものであって、上記の特別な事情が認められることになるから、被告の評価額が本件船舶の適正な時価を上回るものではないとの推認は及ばない」と主張しました。

(4)裁判所の判示

裁判所は、被告と原告の主張を受けて「精通者意見価格をもって本件船舶の適正な時価とするためには、少なくとも、当該精通者による本件船舶の評価が鑑定の目的に照らして合理的に行われているか否かを検討するのが相当である」と判示しました(次回へ続く)。

[ 杉山 正義 ]

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