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TACTニュース
No.728

保証債務を履行するためにした資産の譲渡の特例(所得税法64条2項)

1.はじめに

表題の規定は、要旨「個人が保証債務を履行するため資産(棚卸資産等を除きます)の譲渡をした場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その個人の各種所得の金額の合計額のうち、その行使することができないこととなった金額(ただし、不動産所得の金額、事業所得の金額等の計算上必要経費に算入される金額を除きます。)に対応する所得の金額は、なかったものとみなす」という特例です。この特例を受けるには確定申告書等に所定の記載等をして、この特例を適用していることを明らかにすることが必要です。

2.この特例のイメージ(簡単な例で説明)

この特例を簡単な例で説明してみます。個人が、保証契約によって、他者(債務者本人で、主たる債務者といわれます。典型例はその個人が経営する会社)の銀行借り入れ等の債務について保証人となった場合に、保証契約(大半は連帯保証契約でしょう。) に基づき、その債務者本人に代わって、その債務(たとえば80) を弁済することになったときに、保証人がその所有する不動産を譲渡(譲渡対価を100とします。) し、その代金をもってその弁済資金に充てた場合、その個人は、弁済した債務(80)に相当する債務者本人に対する求償権を取得します。一方、その譲渡によりその不動産の含み益は実現し、所得税法上、その譲渡対価(100) からその取得費(40とします) を引いた残額 (60) が譲渡所得の金額として課税対象となります。
しかし、保証債務の履行に伴う債務者本人に対する求償権について、債務者本人が破産するなどして財産がない場合など、その全部80を行使することができないこととなったときは、この80に対応する所得の金額については「なかったもの」とみなされ、所得税は課税されないというのがこの特例です。この「対応する金額」は、所得税法施行令180条2項により計算し、同法基本通達64-2の2もその内容を整理して示していますが、複雑なので割愛します。この特例が適用されると、自己の資産を譲渡した保証人の譲渡所得の金額(本来60)は、最大でゼロとなります。

3.この特例の趣旨と留意点

この特例は、保証人が、将来保証債務を履行したとしても、主たる債務者に対する求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に保証契約を締結して、主たる債務者の債務の履行について保証契約上の義務により、その肩代わりをせざるを得なくなった場合に、その債務の履行のために自己の資産(2の例の不動産)の譲渡を余儀なくされて、しかも保証契約締結時の予期に反して求償権を行使することができなくなった場合は、保証債務履行のために譲渡された資産につき譲渡益が生じたといっても、その経緯を全体として見ると、通常の資産の譲渡で、その代金が回収不能(貸倒れ)になって、その資産の値上り益を現実に享受できなくなった場合(*)と類似した状況にあるともいえるます。*の場合につき、その回収不能額に対応する所得の金額を'なかったものとみなす'規定が所得税法64条1項に定められているところ、表題の特例は、それと同様に、求償権を行使できなくなった限度で、保証債務の履行のための資産の譲渡に対応する所得を'なかったものとみなす'ものです。
かみ砕いていうと、本来の債務者(主たる債務者)が、資力を喪失していない状態のときに、保証人が主たる債務者のために、その債権者と保証契約を締結していることが大前提です。その後、主たる債務者が債務を弁済しない・できない状況となり、保証人がその債務を肩代わりして履行することとなって、やむなく保証人自身の資産を譲渡しその譲渡代金で債務の弁済をしたが、主たる債務者に対する求償権の行使が不可能であるという場合に、この特例は適用可能となります。  
このように一定の事実や事態の順序が前提になっていますから、主たる債務者が資力を既に喪失した後、求償権の行使をしても明らかに行使できないと認められる状態で保証が行われている場合は、その保証は、主たる債務者に対する贈与の実質を持つので、この特例の適用はできません。
また、この特例は、保証債務を履行する場合に限り、上記の条件を満たした場合に認められる特例なので、自己の固有の債務の弁済のために資産を譲渡する場合には、(その資産の譲渡代金がその弁済のためになくなり、その資産の値上がり益を享受する機会を失った状態であることは、保証債務を履行してその求償権を行使できなくなった場合と同じであっても、)その適用はありません。

[ 亀山 孝之 ]

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